モノオキ

□もりのうた
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重苦しく、けれど暖められた空気の様に軽く柔らかなソレが。
昇り始めた太陽の光を受け止めて、反射させながら溶かしていく。
微かな風に騒めくのは、枯葉を申し訳程度に纏った木々の枝と、揺れる自らの羽織の裾。
それに、流されて右目を撫でる髪だけだ。
戦で煽られた腐った様な淀んだ空気と、生まれては死ぬ戦乱の世。
こんな中にも、このような場所がまだ残っているのだ。
人の手に委ねられた物ならば、みすぼらしく惨めな物にしか見えないその姿が、何故だかとても雄大で優しいものに今なら見える。

――それが本来の姿なのだと、云われたならば自分はもっと早く気付く事が出来たのだろうか。
けれど、浮かんだその言葉に、すぐさま自分の内から否定の声が上がって、政宗は天を仰いだ。

きっと、気付く事など出来なかったに違いない。
これは、人に言われて知り得るものではない。
そんな風に思って。

掻き合わせた羽織の中で籠もった熱が、繊維を抜けて逃げていく。はためくそこから、新たに入り込んだ冷たい外気が、再び暖められて繰り返される。
頭上から舞って落ちる、干からびた木の葉を目で追いながら、政宗は大きく息を吐きだした。
森閑とした中であっても、実は無数に聞こえる音がある。
たった今吐き出した、白く濁って上っていったその息でさえも、排除去れる事無く、音になり、光に交じり、消えていった。
そんな、それっぽっちの。

小さな小さな、当たり前のその光景に政宗は、ふいにくしゃりと顔を歪めた。

耳から入る、好きな音と嫌いな音。
好ましければ気にもならず、疎ましければ癪に触る物なのに。
その疎ましさにすら自分は馴らされてしまった。
あの音がある事が日常では当然で、こんな風に静かな時間が一日の中にある事など、すっかり忘れてしまった。

目覚めて動きだした鳥の群れ。餌を求めて羽音も荒く、けたたましく鳴く烏の声。遠くで馬の蹄や魚売りの声も、風にのって聞こえる。
そんなものすら全て取り込んで、それでもこの時間は。


とても穏やかで。
とても静かで。

それでもここにある、と、そう存在を示す。
目に映る光景のほかにも、今なら何かが見えそうで。

政宗は、辺りをゆっくりと見渡した。
泣きたくなる程の感情が、何処からともなく溢れ出てくる。
込み上げてくるのは、畏怖と尊敬の入り交じった抑えきれない衝動。
複雑で、不可解な、理解しがたい。
けれど、とても心が安らいだ。

おそらくは清浄。
もしくは、浄化。

言葉など必要ないけれど、言葉に表したくなるのは、何故だろう。
見えるはずも無いものに目を凝らしてしまったり。
それが無意味な事だと分かっているのに。


―そして、動けなくなる。
いつも、こんなふうに。


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