頂物・捧物

□I'm waiting for…
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若葉に萌える山間の、小さな庵。
持参した茶葉を急須に入れ、湯を注ぐ。
盆の上には湯呑みが三つ。
右側の容器から茶が半分づつ注がれ、一拍置いて、左側の茶器からもう半分が満たされる。
盆の上には茶が三つだけ。
茶請けの菓子なら、客人が非常識な程の量を持ってやってくるだろう。
一月前の逢瀬、こちらが持参した餅とあちらが手土産とした団子を片付けるのには大層苦労した。
小山となった団子を前に、アンタは夕飯もこれだなと笑ってやれば真剣な顔で否と言われたんだっけ。
曰く、『確かに団子は好物だが、政宗殿の手料理を頂く機会は逃したくない。』
よくもまあ真顔で恥ずかしいことが言えるものだと感心する。
でも、そこまで言って貰えるならば作る側としては本望だ。
白く眩しい太陽が真南を少し逸れた昼下がり。
裏山で竹の葉がさらさら音を立てるのを聞きながら、湯呑みのひとつに口をつけた。

流れる雲が太陽を覆い隠す。
通り抜けた風が急に冷たく感じられて、小さく身を震わせた。
改めて湯を沸かし、冷えてしまった茶を流し、新しい茶を湯呑みに注ぐ。
いつ着くかなんて知らない。けれど、茶だけでも温かいもので迎えてやりたい。
盆の上には茶が三つ。
風に湯気が流れ、辺りに香ばしい香りが漂う。
これが菓子かあめ湯の甘い香りだったなら、アイツは嗅ぎ付けてきただろうか。
厨で餡子を炊いている時、稽古場の裏で従兄弟とこっそり水飴を練っている時、書き物をしつつ自室で飴玉を含んでいる時。
誰の案内もないのにいつも過たず、真っ直ぐ自分のところまで駆けつけてくるから。
やっぱり何か用意しとけばよかったかな。
思い出し笑いと共に、流れ行く雲を見送った。

黄金色に変わった太陽が西の空低くから、強い光を放つ。
ちりちりと肌を刺す陽射しは熱いくらいだ。
遠くで雉が鳴く声が聴こえる。
辺りは相変わらず人の気配一つ無い。
静かな空間は好きだ。
けれど今は、物足りない。
騒がしい声がやけに恋しい。
「遅いんだよ、ばーか。」
誰にも聞かれない言葉が、夕暮れの空気を震わせる。
そうしてもう何度目か、淹れ直した茶を盆に並べ眩しい西日に目を細めた。

大きな、茜色の太陽が西の山に沈みかかった頃。
湯気が昇る湯呑みをかたりと置くと、縁側に寝そべる。
天の頂は既に薄紫に暮れ、東の空には淡く白い月が現れた。
この前の、この時間は、二人で夕陽を見ていたはずだ。
春の夕暮れはまだまだ寒くて、さりげなく寄せた肩だけが、明かりが灯ったようにあたたかかった。
立ち返って今現在、床に接する肩にそっと手をやると、冷たい。
時は過ぎ、初夏となり、気温はあの時よりずっとずっと高いはずだ。
でも、寒い。
沈み行く紅を見送りながら、意識も静かに遠ざかる。
待ち人は、まだ来ない。


隻眼を開けば、日はすっかり暮れ真珠色の月が我が身を照らしていた。
起き上がろうとした肩からぱさり、と、丈がやたら短くて真っ赤な羽織が滑り落ちる。

「ようやく起きられたか。」
「真田幸村……」
済まぬ、遅くなりましたと言いつつ差し出された手に、ほかほかと湯気の立つ湯呑み。

受け取ったそれは、なみなみと注がれた湯が危なっかしく揺れていた。
「何時頃着いた。」
「日が沈んですぐ辺りでござる。」
「だったらさっさと起こせ!」
「余りに気持ち良さそうに寝入っておられたので、つい。」

ふと目をやれば、水浸しの盆の上には冷え切った湯呑みが一つ。
「忍は帰ったのか?」
「いや、今日は、一人で参りました。」

立ち上る湯気と共に、香ばしい香りが微かに、微かに薫る。
一口啜ると、茶というよりもはや白湯のような液体はそれでも、寝起きの体を程好く暖めた。
「じゃあ、この茶もどきはアンタが……」
「ハイ!」
「湯を沸かすくらいは出来たのか。」
「な……っ!!」
絶句の後、大人気なく憤慨する幸村を犬でも撫で付けるように宥めながら、その肩の向こうにこれまたびしょ濡れの急須を発見する。
きっと、いつ目覚めるとも知れない政宗を温かい飲み物で出迎えたくて。
この惨状も多分、幸村なりに頑張った痕跡。

「Welcome、よく来たな。」
「はい。」

待って、待たせて。
行き違いながらも、同じ思いで、同じように振舞う。
こんな想いがある限り、そんな貴方がいる限り、幾度擦れ違おうとも、また廻り逢える。

だから、いつまでだって信じていられる。

そんなこと絶対、口には出してやらないけれど。


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