隣人

□2011.三十万御礼文
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■  ■   ■

夏場の迎えは未だにチャリだ。
車はあるが、ガソリンもバカ高くなった今じゃ、バッテリー上がりを解消する程度に走らすぐれーだった。それに初夏の明け方は、チャリで走るにうってつけな気候だ。

……こいつの溜息が煩くなきゃ。

「はぁ…」
「テメーさっきからうるせぇよ!何なんだよ、昨日の事まぁだ根に持ってんのか!」
幸村の一房だけ長く伸びた後ろ髪を力一杯ひっぱる。
ぐきり、と変な音がして幸村の首が真上を向いたが、腹が立っていたのでこの際どーでもいい。
「いだだだ!痛いです、政宗さん!前、見えないです!前!」
余りに痛がるのと自転車がフラフラしはじめたので、オレはしょうがなく手を離した。
「んで?まだ写真云々で文句があんのかよ」
「文句って訳じゃ無いんですケド…」
「じゃあ、ナンダよ」
もう一回聞いてみれば、やっぱりウダウダ言い始めやがった。

マッタク。

「ああぁ!メンドクせぇな、オメェって男はよぉ!」
大声と共に足を地面に擦ってブレーキを掛ければ、幸村が慌てた声を上げて自転車を止めた。
「な、何するんですか…!危ないじゃな「なぁにが『危ない』だ!んな、陰湿な顔で運転して事故られちゃ、オレの方がたまったもんじゃねぇ!」
チャリを下り腕を組んで幸村を睨み付けてやれば、叱られた犬の様に悄気てみせた。
「う…スイマセン。でも、オレどうしても政宗さんの写真が欲しいんです」
チャリから下りて謝った幸村が云う。そしておもむろに携帯を取り出し、オレに差し出してきた。
「…なんだよ」
訝しげに思いながらも、受け取り携帯に視線を落とすと、其処には色褪せてはいたが見覚えがあるプリクラが貼ってあった。
「これ、」
「そっす。政宗さんと出会って暫らく経ってから初めて撮ったプリクラです」
ずいぶん昔。幸村とまだ知り合って間もない頃、一度だけプリクラを撮ったことがある。
あの時はずいぶん酔っ払っていたが…。
だけど、それとコレ。何のカンケイがあんだ?
「ずいぶん色褪せてンじゃねぇか。いい加減剥げよ。みっともねぇな」
ぶっきらぼうに言い捨て、幸村に携帯を返す。
すると、悄気た声に磨きを掛けて。

「これ、最後の一枚なんです」

ぼそり、呟いた。
「だってオメ…車のkeyにしか貼ってねぇだろ?それと携帯か」
「携帯って持ち歩くじゃないっすか。だから、どうしても色褪せるンすよ…。プリクラを撮った時は嬉しくって、ちょっと剥がれたり褪せたりすると直ぐ新しい物にしてたりしたんです」
『そんな事してたら、これが最後になりました』
幸村は携帯を見ながら言った。
「……。」
その姿をオレは黙ったまま見つめていた。

『ちなみにオレはこーゆーのOne shot gameだからな』
『何だオメェ!すげぇ変!』

三年も前の事が脳裏に浮かぶ。
当時は客としか思ってなく、そのうち友人へ。
…まさかコイツと恋人になるなんてミジンコのカケラだって思っちゃいねかったケド。

「政宗さんと何時も居たいです」

「…だから、写真が欲しいってのか」
「はい!」
「バァカ」
臆面もなく言葉にする幸村の姿は、昔も今も変わらない。
そして悄気る幸村の額を指で弾くと、痛がる幸村の腕を掴む。
「な…政宗さん…!ど、何処行くンすか」
「写真、ほしいんだろ」
笑顔で歩きだした先を指差す。そこにあるのは二十四時間ウェルカムのコンビニ。
それを目にした幸村は、見た目にも分かるぐらいに喜色を顔に浮かべた。
「…!じゃ、じゃあ、オレ早速買ってきますね!」
今にも走りだそうとする幸村の後ろ髪を捕まえれば、ぎゃあ!と喚いた。
「るっせぇ、馬鹿。買ってくるって何をだよ」
「え、え…?だってカメラが無いと」
「誰がカメラ買ってこいっつったよ。アレでいーだろ、写真なんか」
そう云うと幸村は再び指差した方角を見る。そして、唖然としやがった。
「アレって…《証明写真》じゃないっすか!」
「写真嫌いなオレが撮ってやるっつーんだ!つべこべ言うんじゃねぇよ!」

――後日。

飾りッ気のない証明写真の狭いフレームに、笑顔とも何とも言い難い二人の顔があった。

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