黒河探偵事務所

□memory【前編】
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 玲から出されたリンゴジュースを静かに飲む、小さなお客。

 こんな所に子供がくるなんて、前代未聞だ。

 子供には不慣れな黒河は、勿論動揺してしまう。




「……」

「……」



 痛い沈黙。
 仕事と割り切ろうとしても、目の前にいる小さな女の子に、どうしても声がでない。

 それを見かねた佐川が口を開いた。



「美味ェか?」

「うん」

「このダメ所長、緊張してっぞ」

「……私もちょっと怖い」

「怖がる必要ねえよ。なんでここに1人で来たんだ?」

「話……聞いてもらえるって聞いたの」

「まぁ……そうだな。じゃ、名前は?」



 思わぬ助け舟に、安堵する。
 しかし、子供の名前に心臓が跳ね上がった。




「望月……栞」


「っ……!?」



 確かに“望月栞”と言った。
 昨日紗江が言っていた、子供の名前も“栞”だった。
 いや、偶然というのもあるだろう。



「お前、栞……っていうのか?」

「うん……? なんでそんなにビックリして……」

「ううん、何でもないよ、栞ちゃん。じゃ、依頼を聞こうか」



 先ほどとは違い、ニッコリ微笑む。
 しかし、額に滲む変な汗は隠しきれてないのに、本人は気付いていない。

 それをじっと見ながら、栞はゆっくり口を開いた。



「お父さんと……お母さん、あと、悠子お姉ちゃんが変なの」



「……え?」





 これはもう、黒河も佐川も玲も固まるしかなかった。

 “悠子”という名前が出た。
 お父さんとお母さんが、変?



「お母さんが、壊れちゃったの」



 “精神的に追い詰められている”?
 “思考が暗く卑屈になっている”?



「栞ちゃん……お父さんとお母さんの名前、教えてくれるかな?」


「望月賢治と、望月紗江」




 紗江の娘だ……。


 ここは、慎重にならなくてはいけない。
 正直に『お母さんが昨日依頼した』と言うか、1人の依頼人として見るか。



「おい……黒河」

「く、クロさん……」


「うん、わかった。もっと詳しく話してくれないか?」

「クロさんっ! いいんですか!?」

「この子は、1人のお客で依頼人だ。話はちゃんと聞こうよ。ねえ、栞ちゃん」

「あ、ありがとうございます……!」



 
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