黒河探偵事務所

□memory【前編】
5ページ/20ページ





「……夜中、皆が寝た時に主人が1人寝室を出たんです。私、ベッドから出た感触で起きてしまって」

「ええ」


「初めはトイレかな、って思ったんですが……少し経って玄関が閉まる音がして……」

「旦那さんは外へ?」


「ええ……不思議に思って家を探したんです。そしたら、妹もいなくなってたんです」

「妹さんはトイレではなく?」


「……主人のコート、妹のジャケットが無くなってました。外を見れば車も無くなってるし……」

「……」




 黒河は口をへの字に曲げて軽く俯いた。

 真夜中、妻、そして姉に黙って車で家を出る。

 ラブホテルに行ったのだろうか。
 しかしそうは断言出来ないが、その確率は高い。



「私、2人がホテルに行ったんじゃないかって……」

「あ……えっと」



 わかっているんだ。この人は。


 そして次の瞬間、その発言を決定付ける言葉が出た。



「あの……キスマーク」

「えっ!?」

「ごめんなさい、変な話をしてしまって……」

「いえ、どうぞ続けてください」

「き、キスマークが……翌朝付いていたんです、妹の鎖骨辺りに……。本人はきっと気付いてなくて……」

「そう、ですか」



 ああ、きっとそうだ。



「しかも、1度だけではなく……何度も、何度も」

「……ええ」

「2人の私への態度がよそよそしくなったり……」

「……」

「主人がよく、小遣いをせびるようになりました。後輩に奢るお酒代とか言ってるけど、きっとホテル代だわ」

「……望月さん」

「悠子も、あれだけ仲が良かった栞を睨んだりして。私と賢治との子供だから、きっと憎たらしいのよ!」

「望月さん!!」



 俯いていた黒河が声を上げた。
 ビクリと肩を揺すった紗江は手で顔を覆い、震えた泣き声を漏らした。



「落ち着いてください、ねっ」

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」



 考えが、どんどん暗く卑屈になっている。
 それだけ精神的に追い詰められ、病んでいるのだろう。
 隣の神崎も、眉間に皺を深く刻んでいる。



「理由は把握ました、依頼は……浮気調査で?」

「ええ……そう、です……。でも、なんで浮気なんか……」

「わかりました。随分辛い思いをされましたね」

「……っ」


「任せてください。……アナタを救ってみせます」





 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ