黒河探偵事務所

□memory【前編】
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 いきなり泣き出した女性は今、ソファで横になっている。



 あの後、落ち着くよう何度も声を掛けたが、彼女は一向に泣き止まなかった。


 どんなに辛い事があったのか と、黒河が心配そうに見ていた……その時。
 誰かに口を塞がれたかのように声が聞こえなくなった。
 泣き止んだかと思えば、糸がプツリと切れたようにソファに倒れこんでしまっのだ。


 泣き疲れたか、泣いている時に思い出した出来事のショックで気を失ったか……。


 涙で濡れきった顔をそのままに、すうすうと子供のように寝息を立てている。




「なんや、えらいツラい事……あったんやろなぁ」

「ああ。あの泣き方は尋常じゃねぇ」

「私……、あの人に掛ける毛布持ってきます」

「うん、そうしてあげて」



 パタパタと仮眠室に向かう玲を見届けると、真剣な顔もちで2人の方を振り向く黒河。



「僕は、彼女が言ってた……『主人と妹を止めて』っていうのが気になる」

「旦那と……やっぱり、あの女の妹だよな」

「止めて、か。なんやヤバい事しとるんやろな」

「にしても、なんで“主人”と“妹”なんだろ……」

「まっ、それもこれも、クライアントが目ェ覚ましてからや」



 ふう、と溜め息をつき、黒河のデスクに寄りかかる神崎。
 すると、ソファから玲の声が聞こえた。



「お目覚めですか?」

「す、すいませんッッ……!」

「いえいえ、じゃあ、あとはウチの黒河に任せてくださいね」



 毛布を抱え、ニッコリ女性に笑いかける玲。



「じゃあ、あとはよろしくお願いします。私、お茶いれ直してきますね」

「ああ、ありがとう。玲ちゃん」



 そう言い、神崎と共にソファに腰掛ける。



「あの、さっきはすいません。急に泣き出したりして……」

「いえいえ。それも、じきに解決しますよ」

「はい……」

「ではお名前と、差し支え無ければご職業をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「望月紗江、といいます。専業主婦をしてます」

「望月さん……では、ご依頼は?」

「それが……」



 そして瞬く間に、彼女の目に涙が溢れた。



「っ……主人が、浮気をっ……してるんじゃないかと……」

「……浮気調査ですか」

「その、あっ、相手が……」

「相手?」

「浮気相手がっ……私の、妹なんじゃないかと……」

「い、妹さん!?」



 ボロボロボロ、涙が溢れ落ちる。

 “主人と妹を止めて”

 その意味が、まさかこう繋がるとは。
 流石の黒河も驚きの色を隠せないようだ。
 しかし、一方隣の神崎は至って冷静で。



「……で、旦那さんが妹さんと不倫しとるっちゅー確信はあるんでっか?」

「っ、ハッキリとは言えないけど……きっと」

「うん……じゃあ、望月さん。ご両親とは別居してはりますのん?」

「……まぁ、事実上は」



 “事実上”

 普通に『別居している』と言えばいいものを。
 疑問点は多々見つかる。

 しかし、神崎は話を進めた。



「ほお……じゃあ、今ワシが1番気になっとる事をお尋ねします」



 いつになく真剣な顔で望月紗江の顔を見、口を開いた。




「なんで、妹さんなんです?」





 
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