黒河探偵事務所

□memory【後編】《連載中》
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 足早に事務所の階段を駆け上がってドアを開ける。
 刹那目に飛び込んできたのは、心配そうな顔持ちをしてソファで向かい合う神崎と玲だった。



「あっ! クロさんおかえりなさいっ」

「クロ坊……なんかわかったんか?」

「佐川はっ!?」



 気迫余っていたせいか、2人が目を見開く。
 すると、少し困ったような、不安そうな顔をした玲が言った。



「クロさん、佐川さんがどうかしましたか?」

「いつもそこで仕事サボってばかりいる変態刑事だよっ! なんでこんな時に限っていないんだ!」

「クロ坊……?」

「仁さん! アナタもだ! なんで栞ちゃんの側にいない!!」



 悠子は栞に、何度にも渡って暴行を加えていた。
 今、栞を1人にすれば、何が起きても不思議じゃない。



「それやねん」

「何がですかっ……!」

「クロ坊、まあ落ち着けや」



 確かに少し焦り過ぎたかもしれない。
 こういう時は、冷静になって物事を考えた方が勝ちなのだ。

 しかし、そう冷静になれない自分がいる。
 矢田だって『事は一刻を争うかもしれない』と言っていた。何かが起きてからでは遅いのだ。

 
しかも今の状況に加えて、刑事である重要な佐川がいないとなると、さらに事態は深刻になるかもしれない。



「栞ちゃん……柳悠子に呼ばれた、いや、連れ戻されたんや」

「な……っ」

「ワシら、デパートおったんや。なーんで居場所がわかったんかは知らんけど……洗濯機見てたワシらの前に来ていきなり『栞、来なさい』、これや」



 洗濯機?

 色々と疑問は浮かぶものの、それより、なぜ神崎は栞を悠子に預けてしまったのかだ。



「アイツ……栞ちゃんの腕引っ張って連れて行こうとしよったんや。止めてんけどな……『アナタには関係ない。最近栞の帰りが遅いと思ったらアナタのせいなのね。しまいには警察に言うわよ!』……やって。ああ、ワシ、傷付いたー」



 警察に通報するどころか、寧ろ警官である佐川からもバックアップされているんだぞ。この件は。

 さすがにデパート店内でそう騒がれたら、しまいに店員も来るだろうし、神崎が手を離してしまうのも無理はない、ないのだが……。



「店出てからも追った……せやけど、車で逃げられた。……すまんかった」

「いや、仁さんが悪いわけじゃないです……けど」


クロさん、どうしたんですか……? 悠子さんがなにかしたんですか?」



 今の状況を告げるのには、さすがに言葉が詰まった。
 ひとつ息を吐いて落ち着いてから、ゆっくり神崎達を見た。



「……柳悠子は、拳銃を購入したようです」


「なっ、なんやて……!?」

「栞ちゃんに数々の暴行を加え、紗江さんと賢治さんの仲を、望月家をグチャグチャにしている悠子さん。何が起きてもおかしくないんだ……!」

「そ、それやったらクロ坊……っ、ん?」



 その時、くぐもった歌が聞こえてきた。
 女性の声で、最近テレビでよく聞く歌だった。



「スマン、電話や」



 そう言うと、焦りが行動に出たのか、神崎はディスプレイもろくに確認せずに携帯を耳にあてがう。
 しかし、『はいな』と言って電話に出たが、すぐにその声は驚きと焦りに変わった。


 音量が大きいせいか、微かに携帯から声が漏れている。その声は、栞のものだった。



「し、栞チャンか!?」

『おっ……おじ、さん……!』

「どないしたんや!」

『おねえ、お姉ちゃんが……っ』

「っ!? 栞チャン、いまドコや!!」

『倉庫……っ、第3倉庫……! 私
の家の裏に、使われてない倉庫がいっぱいあるの!! お、お姉ちゃんが……っ』

「よっしゃ! すぐ行くさかい、待っとれよ!!」

『お、おじさん……、お姉ちゃん怖いよ……っ』

「大丈夫や、大丈夫やから! おいクロ坊! 車出し!!」

「は、はい!」



 人がいない場所、そして、怖い『悠子お姉ちゃん』。
 ついに恐れていた事が起こったのかもしれない。

 神崎が栞に『電話は切りなや』『すぐ行くからな』と言う間に、3人は車のある場所へ着いた。

 その時、栞の、搾り取るような悲鳴が聞こえた。



『おじさっ……、ひ……ッ!!』

『アンタ何してるの!? またあの男ね!! 馬鹿、殺されたいの!?』

「柳、お前ェ!!」

『あ、アンタには関係ないわ!! 黙ってて!』



 悠子の切迫詰まった声がしたかと思えば、次の瞬間、神崎の携帯からは、何かが潰れて割れるような音がした。

 携帯を耳から離し、唖然とする神崎。



「アカン……携帯、たぶん床に投げおったわ……」

「そうとうキてますね……」

「クロさん! 戸締まりオッケーです!」

「よし! 早く乗って!! 仁さん、調べた事は車で言いますから!」



 
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