黒河探偵事務所
□memory【後編】《連載中》
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「クロちゃんアンタ、もし物心つかんうちから両親が死んでたらどうする? どんな理由があって死んでもうたんかもわからん……意味、わかりまっか?」
「ええ……きっと、できる限り調べます」
せやろう。そう呟いた矢野は、大きな鍋を火にかけ始めた。
こちらに背を向けた矢野の表情は見えない。
「妹もそう思て、小学……6年生の時か、調べよったんです。当時の新聞や資料を読みあさるやらなんやして」
「でも、それがなんで」
「それなんですわ」
矢野はそうきっぱり言うと、ひとつ咳払いをした。
「2人の親が亡くなったのは、姉がホームから落ちてもうたんが原因なんや、わかりますやろう?」
「え……ええ」
「物心つかんうちに両親亡くして、寂しい思いをしたんや。心無い奴には、『親がいないから』『孤児』と罵られて」
「……」
「そのうち悠子は思ったんや。自分がこないに辛い思いをするんは、みんなお父さんお母さんのせいやって」
「そんな……っ」
背を向けた矢野の表情は伺えない、しかし、搾りだされるような声は辛そうで。
「じゃあなんで両親は死んだのか? 調べた結果……全ては妹に重くのしかかりよった。元となる原因は、実の姉の紗江なんやから」
「それが……『罪』?」
「そして姉は孤児院を出、数年後には男と結婚して子供まで産んだ。『幸せそうだ、自分の親を殺すような事をしておいて』……そう、考えるようになったんよ」
『罪』だなんて、そんな事はない。
全てが紗江の故意で起こった訳ではないのだ。
それなのに。
「クロちゃんが言いたい事はようわかっとる。……せやけど、妹さん、そこまで冷静に全てを受け止めて考える余裕無かったんとちゃいますやろか」
「……わかり、ました」
「まあ、今のこれだけはワシの推測でっけど」
そうだったのか。
紗江の『罪』。
罪というには重すぎるが、少なくとも悠子はそう思っている。
この不幸な事故が、悠子を変えた。そして今、望月家の平穏を壊しているのだ。
情報料を払って、ひとまず神崎に報告しないと。
「あのっ……」
「せや、クロちゃん」
焦る黒河の言葉が、矢田によって遮られた。
「もうひとつ、とっておきの情報……しかも、かなり危険な情報や」
「えっ?」
すると、今まで背を向けていた矢田が、ゆっくりコチラを向いた。
その表情は真剣そのもので、まっすぐコチラを見据えて続けた。
「昨日……12月8日午前11時過ぎ、柳悠子が1丁の拳銃を購入しよった」
「け、拳銃っ!?」
「何に使うかは、まだわかりゃしまへん。……せやけど、今の状況的にワシは危ないと感じとる」
「ぼ、僕も……っ、です」
「事は一刻を争うかもしれん。今回の情報料は後回しや」
「あっ、ありがとうございます!!」
矢田に告げられた事に、心臓が張り裂けそうになった。
今、望月家が崩れていっている原因となる27年前の事故。
後に全てを知った遺族が抱いた感情と行動――そして。
柳悠子による、拳銃の購入。
27年もの年月を経て、全てはまた大きく動き出したのだ。
とんでもない悲劇に向かって。