黒河探偵事務所

□memory【後編】《連載中》
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「いらっしゃい」



 扉を開ければ、客のいないカウンター越しに見える亭主。
 ニコリと笑う顔は、見るからに人の良さげなおじいさんだ。



「坊は……せや、仁ちゃんと一緒に来たね。名前は……黒河さん、か」

「えっ」

「ん? 違ったか?」

「い、いえ! 黒河です! はい!」



 なんで僕の名前を知っているんだ!
 それに、仁ちゃんって!?


 先日、自分で名乗ったのを覚えていないか、はたまた神崎が教えたのか。

 早くも、心拍数は急上昇だ。



「ご注文は、なんでっしゃろ」

「あ、えっ!」

「何緊張してるんや? 何事もリラックスでっせ」

「は、はい……」



 そうだ。なにを緊張することがある。
 神崎に言われた事を実行すればいいのだ。



「ご注文は?」

「あの……、味噌ラーメン……マヨネーズ盛りを」

「おっ、はいな! じゃあ、何杯お求めや?」

「じゅ、12杯」



 あり得ないくらいの緊張。
 何故だ?

 きっと、この人のせい。
 優しい笑顔なのに、ただならぬ雰囲気をまとった、この亭主のせいだ。



「じゃあ、何知りたいんや?」
 
「え……っ」

「おんやー……? ここがどこかご存じか?」

「あ、ラーメン屋さん……じゃあ?」



 ぽつりと言えば、亭主はカラカラと笑い出した。



「ハッハッ! じゃあ、仁ちゃんからは何も聞いてないんかい!」

「あ、はい。『行ってみろ』とだけ」

「よっしゃよっしゃ、わかった。ここは、情報屋ですわ」

「じょうほう……」

「表の顔は、さえないラーメン屋。裏の顔は……情報屋、や」

「し、知らなかった……」

「ああ勿論、ここの事は信用できる筋しか知りまへん」



 自分も情報屋をたまに利用してはいるが。
 こんなところにも情報屋があったなんて、知りもしなかった。



「ああ、自分で言うんもなんでんねんけど」

「え?」

「ここを、そんじょそこらの情報屋と一緒にしちゃ、あきまへんで」

「……どういう事ですか?」



 亭主は、ニコニコ顔のままで言う。




「ワシに、知らん事はない」




 思わず息を飲んだ。

 亭主の後ろにある狭い空間が、とてつもなく大きいものに感じた。



「……さてさて、クロちゃん」

「くっ、クロちゃん!?」
 
「ええやないかぁ。クロちゃんの方が、親しみやすいでっしゃろ?」

「え、ええ」

「ワシは矢野和之。好きに呼んでな。……あ、『矢野さん』とか『和之さん』っちゅうんはナシ!」

「ええっ!? じ、じゃあ……カズちゃん……」

「おお! ええの! カズちゃん!」



 嬉しそうに言う『カズちゃん』のおかげか、先ほどの緊張はどこかへ飛んでいってしまった。
 こんな空気、どこの情報屋でも味わった事がない。
 ここは本当に情報屋なのか。




「さぁて、場の空気もあったまったとこで、ぼちぼち聞こうかの? クロちゃん」

「あ、ええ。よろしくお願いしますっ……カズちゃん」




 
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