黒河探偵事務所

□memory【後編】《連載中》
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 正直、神崎に頼まれた用件を調べるのには少々手こずっている。
 この事務所の資料室にある資料は大概頭に入っているが、いまいちピンとこない。



「望月紗江さん、旧姓は柳だから柳紗江さん……あれ、結婚前の事件なのかな」



 まあ、世の中で起こる全ての事件がこの資料室に収まるのならば、世界はとても平和になるのだろうけど。
 そんな皮肉を心の中で呟き、小さく笑った。


 それにしても、手掛かりが少な過ぎる。

 "現在、望月紗江が柳悠子に罪を償わなければならない事件"

 これだけの手掛かりで、どこから、どう調査しようか。



「んー……、外で調査するか……」



 資料室から戻って、デスクにつき大きく伸びをした。
 背を反らせば椅子がギッと軋み、それと同時に玲が声を掛けた。



「外で調査するんですか?」

「ああ、まずはドコかな……」



 デスクに肘をつき、手の甲に顎を乗せて考え込む。

 すると、静かな事務所に機械音が響いた。
 デスクの上で震える携帯電話。



「ん……仁さん?」



 ディスプレイに映る『仁さん』の文字を見てポツリと呟き、携帯を耳にあてた。



「はい」
 

『クロ坊〜! 調査した? した? したん?』



 いきなりのハイテンションに、思わず携帯を耳から遠ざけた。



「え、えっと……調査は今からですよ」

『さよか〜、悪いな! ワシも調べたいんは山々やねんけど、生憎栞チャンとデートでなぁーっ』

「デート……」



 今の自分には『げんなり』という言葉がよく似合うだろう。

 昨日の神崎はどこへいったのだ。



『じゃあな……エエ事教えたるわ! よォ聞きや!』

「えっ? あ、はいっ」

『“一竜軒”……このあいだ行ったラーメン屋や。覚えとるか?』



 確か、このあいだ神崎が連れて行ってくれた店。
 場所はだいたい覚えている。



「ああ、あの」

『そこ行ってみ』

「え?」

『で、客なんそんな頻繁に来んから、じいさんに言うんや“味噌ラーメンマヨネーズ盛り”って』

「……うわ」



 マヨネーズをあまり好まない自分には最悪な取り合わせ。
 想像しただけで鳥肌が立った。



『まあまあ聞いてぇな。ったらな、じいさんが“何杯ですか”って聞きおるわ』

「何杯……」

『せや、したら“12杯”って言い。間違うたらアカンで』

「は、はい!」
 


『んじゃあ、よろしく頼むで〜っ』



 ブツリと通話が切れる。
 一体なんなんだ。


 待ち受け画面に変わった携帯のディスプレイを眺め、首を傾げる。



「クロさん?」

「じゃ、じゃあ、調査……行ってくるよ。お留守番よろしくね」

「あ、はいっ! いってらっしゃい!」



 
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