黒河探偵事務所

□memory【前編】
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「ねえ、賢治さん」

「ん?」

「お姉ちゃんの事、愛してますか?」

「え? あ、ああ……、勿論愛してるから結婚したわけだし……」

「そう……だよねぇ。だから栞ちゃんもいるんだよね」

「……悠子ちゃん?」


「ねぇ、アタシは?」
「えっ」

「アタシの事、どう思いますか?」

「……紗江の、妹。……で、俺達の大切な家族だ」

「違う、違うの」

「悠子ちゃん……? どうしたんだ?」


「お姉ちゃんじゃなくって、私を――」







第六章
 memory







『貴方が好きなのっ』

『いや、それはマズイ。俺には妻と息子と熱帯魚が……』

『嫌! お願い、抱いて!』





 ――ゴクリ。


 思わず書類を書いていた手や、お茶を運んでいた手を止め、一斉に息を飲む。
 その、事務所の隅にある小さなテレビは、つい先日佐川が持ってきたもの。


『静かすぎんだよ、この事務所は』


 それだけの理由で持ち込まれた。

 現時刻は午後を回っている。
 どのチャンネルを回しても、昼ドラだとか、生電話だとか、ワイドショーしかやっていない。
 そして今、回したまま放置していた昼ドラが丁度山場に入った所だった。




「俺、昼ドラなんて久しぶりに見たぞ」

「わっ、私もっ……」

「にしてもこんな事、ホントにあるわけないよねぇ」

「……どうやろなぁ……」



 そして、そのドラマは今ベッドシーンに入ろうとしている。
 それに反応した玲が、素早く他のチャンネルに切り替えた。



「あ、玲っ」

「みっ……みのサンは元気かなぁ……」


 アハハ、とわざとらしい笑い声を上げ、手を止める。
 奥様のお悩みを親身になって聞いている。そんな番組を見、ほうと息をつく玲。



「お嬢……そりゃ、小さい子供がおるお母ちゃんがする事やろ」

「だ、だって……」

「あんな生ぬるいベッドシーン、全然平気だろが。どうせならもっとこう……ぐぇッ」



 昼間っから何やら危ないことを口走りそうになった佐川の首を、すかさず黒河が絞めた。




 ――平和な、昼下がり。




 
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