黒河探偵事務所

□黒河探偵事務所
1ページ/6ページ




 聞こえる。


 私を呼ぶ声。


 お母さん……?



「玲……! に……げて、逃げてぇっ!!」




 なんで? なんでお父さんは。


 なんでお父さんは、お母さんを銃で。


 銃で



 撃ってるの?




 お、お母さんッ……!?

 ヤダ!!

 来ないでっ……!

 怖いっ、よ……。


 イヤ! お母さんの身体……。

 血がっ……血がいっぱい!!

 怖い、ヤダ、お母さん……。

 うぁっ……お、お父さん!! お母さんを助けてよ……っ。

 撃つのはやめて!

 お願い……っ。




 ガタガタと異常なほどに震える体を抑え、強く 強く祈った。

 でも――。



『パァァァン』



 乾いた銃声。
 倒れるお母さん。
 笑い狂うお父さん。



「沙織がっ……沙織が悪いんだぁ。ハハ、他の男のガキなんかを孕んだ沙織が悪い……ハハハッ……!!」


 絶えない銃声。

 ああ、血の海が広がってゆく――。



「ハハハハ……無くなれっ!! 全部……全部消えて無くなれぇッ!!」




 お母さんが、お母さんが動かなくなった。


 人形のように倒れ、でも、人形とは違う。

 大量の血が、流れてる。




 あ、お父さん、こっち見た。

 え……? なんで銃をこっちに向けて……え?

 お父さん、笑ってる?

 うっ……うあああっ!!
 ヤダ、死にたくない!! うっ……撃たないでぇっ!!




「ハハハハ……さぁ、玲。お母さんと一緒に天国へ逝きなさい? フフ……ハハハ……っ」


「っ……いやぁぁッッ!!」









 そして私は
 一目散に走った。

 裸足で、
 家を出て、
 行く先もないけど、
 とにかく走った。



 冷たい風が全身に当たって、裂けるような感覚が私を襲う。

 目の奥が熱くて、瞼がジクジクと痛んだ。
 そして、暖かい何かが頬を伝って流れていく。


 私、泣いてる?


 それは、突然自身に振り掛かった出来事に驚いて泣いているのか。
 母が死んでしまったかもしれないという悲しみからなのか。
 はたまた、実の父に銃を突きつけられたというショックからなのか。

 しかしどちらにしろ、いま生命の危機が訪れている自分には、考える余裕などなかった。




 あの後、何故かお父さんは追って来なかったけど。


 あの目を見なくて済むのなら……

 それでいい。

 あの

 あの、光の無い狂った目を――。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ