黒河探偵事務所

□memory【後編】《連載中》
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「わぁ、コレ美味しいですっ」

「仁さんスイマセン……わざわざ」

「いやー? ンな、なんやワシも甘いモン食いたかってん」



 ソファに皆が集まり、様々な種類のケーキを囲む。
 まだケーキが入っている箱の隣には、一回り小さな箱に入ったシュークリームが置いてあった。



「オジサン、シュークリームも美味しいよっ」

「ほーか! じゃあワシも食おうか」



 シュークリームを取り出そうと箱をあさる神崎。
 すると、ふと思い出したかのように言葉を口にした。



「せや……クロ坊」

「はい?」

「話あんねけどー」

「あ、はい」

「ちょーっと、移動してくれん?」



 ちら、と栞を見て、申し訳なさそうに笑いかけた。









「……あんな、栞チャンのお母ちゃんの事やねんけど」

「望月紗江ですか?」



 2人が話をしているのは資料室。
 小窓から差す僅かな光が、神崎、黒河の表情を浮かび上がらせている。



「あー、あんな。望月紗江と、柳悠子に……な、昔なんかあったか調べてくれん?」

「昔に……何かあったか、ですか」

「せや。ちょーっと気になる事があってなァ」

「例えば
どんな?」

「“望月紗江が、柳悠子に罪を償わなければいけない”とかや」

「えっ……?」



 眉間に皺を寄せて資料棚に視線を泳がせた神崎を、驚いた様子で黒河が見つめる。
 チラと黒河に視線をやり、苦笑した。



「そない見つめんといてぇなー、照れるわぁ」

「っ……仁さん! 真面目に!」

「ほいほい」



 唇を尖らせる神崎を見て、少し吊り上がっていた黒河の眉が下がった。
 いつもこの神崎のペースに流されてしまう。
 まあ、それも神崎だから許せるのだろうけど。



「昨日らしいけど、柳悠子が栞チャンを殴り倒したんやて」

「なっ……!?」

「頭やら腹やら。それこそ数えきれんくらいや」

「そんな……栞ちゃん、そんな素振りは……」



 向こうの部屋では、ソファに座って玲と笑いあう栞がいる。

 それはもう、楽しそうに。



「クロ坊らに心配掛けやんよう、必死なんや」

「っ……」

「殴られてなぁ。自分が何をしたかもわからんとや。信頼してた叔母にやで?」

「ええ」

「ツラいやん」

「……ええ」



「許せんわ」





 神崎の声のトーンが落ちた。
 とてつもない怒りを含んだ声色
で、また口を開く。




「栞チャンはなぁ……家で怯える事なんなく、笑って暮らす権利があるんや」

「はい」

「友達と楽しィ遊んで、家に帰って、家族と飯食って、楽しく話する権利が」

「そうです……ね」

「なんでな? 柳悠子の都合であのコが泣かんなアカンのや。家でビクビクしてやぁ、家族に必要以上に気ィ遣って」



 神崎が微かにチッと舌打ちした。



「罪を償うやらなんや知らんけどやぁ、そない勝手な理由で殴られる栞チャンの身になってみィ」

「あっていいはすがないです」

「せや……せやからまず望月紗江と柳悠子に何があったか、それを調べて欲しいんや。ワシは栞チャンが居るから調べ難いんやけど……極力ワシも調べるさかい」

「わかりました」



 黒河がそう言うと、神崎の声のトーンがパッと上がり、よっしゃ と言って黒河の頭をやや雑に撫でた。



「いたた……」

「頼んだでぇ〜、クロ坊」

「は、はい!」



 身体をドアに向けた神崎は、手をドアノブに掛けポツリと呟いた。



「栞チャンは……ワシらが絶対守ったらんな、な」



 意を決したように言うと、ドアを勢いよく開けた。
 バンと大きな音
が鳴り、同時に『いやぁ、暗いトコは怖ァてかなんわ〜』と笑いながら出ていった。


 "望月紗江と柳悠子に昔、なにか大きな事件があった"

 まずはどこから調べて行けばいいのだろうか……。


 
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