星蘭の秘密の部屋

□Prayer ― 正義の叫びと平和の祈り ―
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これは、人間が住む世界とは少し離れた、とある国での物語。

共に生きることが許されぬ、白の少年と黒の少女。

2人の心には確かに"絆"があった。

或いは"愛"すら、あったかもしれない。

それなのに……

そんな、哀しく、美しい彼らの物語。

ぜひとも心にとどめていただきたい。





第一章 正義の名を持つ者






少年は溜息をついた。
見た目は、十五、六歳、といったところ。
しかし、彼は、普通の人間ではない。
それを示すのは、彼の背にある大きな白い翼。
大きな白鳥のそれのようなものは、決して作り物ではない。



―― 彼は天使なのだ。



そして、その天使は、童話や物語のように、平和的で純粋な生き物ではない。
実際、今少年が握っているのは愛の矢でもなければ、正義の天秤でもなく、一振りの剣だ。





天使族と悪魔族は、ここ数年……いや、ずっとずっと昔から、戦いを続けている。
この戦いは、どちらかの種族が滅ぶまで続くだろう。

少年……ライチェスの溜息の理由は、その戦いだ。


***


ライチェスは疲れたようにその場に座り、汗に濡れ、額に張り付いた銀色の髪を払った。

月にたとえられるほどに美しい銀の髪には点々と紅が散っている。

ライチェスは泉のほとりに跪き、水を手ですくった。
その水で、体中に着いた悪魔の血を洗い流す。
自分自身を清めた後、ライチェスは、剣を鞘から抜いた。
その刃にも紅がこびりついている。
それを洗い流すように、水に浸した。

「痛っ!」

半ば強引に刀身を擦っていたライチェスは小さく声を上げた。
その声すら、この静かな泉には大きく響く。
ライチェスの手には小さな傷が一つ。
今擦っていた自らの剣で切れたのだろう。
彼はまた一つ溜息をつくと、服の裾で刃をぬぐい、そのまま鞘に刀を収めた。

彼は泉のそばで、しばらくぼんやりと座っていた。
何かを考えるように……






安らぎの泉(ピース・フォウンテン)という名のこの地は、まだ戦場にはなっていない、天使の陣地。
しかし、この平和もいつまで続くか……

今では、彼が慣れ親しんだ丘も、父母と訪れた広場も、妹とみた海辺の町も、破壊し、破壊された。

彼が幼い頃には、まだこんなにひどい戦いではなかった。

少しずつ、小さないざこざが積み重なり、ついに火がついたのは、ほんの数年前。
一度ついてしまった火を消すのは、容易ではない。
そのことは、たった十五、六の少年が剣を握っていることが、証明している。

ライチェスは幼き頃から剣術を学び、大人と交じって戦いの訓練をしていた。
父から、母から、妹から褒められるのが嬉しい一方、戦いの意味を知ることは、昔も今も、出来ていない。
ライチェスは、まだ、少年なのだ……



 
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