全てが消される前に

□1.始まり前の一時
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 とある高校のどこかの教室で、時計の針が午後五時半を指していた。時々カラスの鳴き声が聞こえてくる窓の外は夕焼けに染まっている。校庭にいるのはサッカーボールを蹴り合っている学生と、それを応援する学生くらいだった。

 教室にたった一人残っている少女がいた。彼女の名は川原雪。彼女は文庫本を広げ、黙々と本を読んでいる。

「ふう、危ない危ない!」

 教室の扉が開き一人の男子生徒が中に入ってきた。しかし雪は目を向けることもなく、本に集中している。男子生徒は雪の隣の席をあさっている。「あれ、どこだ?これは……違う」という声が聞こえ、雪は不快だった。彼はまだ机の中を調べている。雪は気にしないようにしようと必死に自分に言い聞かせた。徐々に本を持つ手に力がこもる。

 しかしいくら我慢していても、限界はくるものである。

「よし、見つけた!」

「……静かにして」

 歓喜の叫び声をあげた少年に、雪は冷たい視線を向けた。彼の名は井上光一。雪のクラスメイトで、二週間前の席替えで隣になって以来、毎日最低一度は彼女に声をかけている。その度に無視されるのだが、それでもめげずに関わってくる。彼女にとってはうっとうしい存在だった。

 雪は音を立てて文庫本を閉じると、無造作に鞄の中へと入れる。

「お、川原。偉いな読書なんて。俺、どうも文章とか苦手なんだよ」

 光一は仲のいい友人であるかのように話しかけてくるが、雪は無視して歩き出した。待てよ、と呼び止める彼の言葉など、雪には必要ない。

 ようやく廊下に出られると思った矢先、今度は別の男子生徒に遭遇した。彼が入ろうとしてくるので、雪は外へ出ることができない。

「どいて」

「……何だよ突然」

「お、健一! お前も忘れ物か?」

 光一は彼を健一と呼び、にやにやしながら険悪な雰囲気を生み出す雪たちの方へやってくる。

「ああ。数学の宿題、やりたくねえけど仕方がないよな」

 健一は大きくため息をつく。その横で雪は首を傾げていた。

「……宿題?」

「川原はもうやったか? あの数学のプリント。二枚だぞ、しかも両面印刷!」

 光一に聞かれ、雪は鞄を開いた。奇麗に整頓された中からファイルを取り出し、確認する。しかしどこにも見当たらない。
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