一次創作小説

□君の素顔
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一目惚れなんて、バカバカしいと思っていたのに
まさか、自分が一目惚れするなんて思っていなかった


そこは、化粧を綺麗にして着物を着崩している人たちの集まりだ
肩まで襟元を下げて、足は太もものあたりまで露出している
ここの店に来る人の大半は、裏方で働いている女の子に目をつけている人は多かった
彼女は、頑張って働いている姉たちにも良く慕われていた
いつも笑顔を絶やさず、いろいろな所で忙しく動いていた

「小夏!これを那月姉さんに持って行って頂戴」
「わかりました!」
「わたしも、百合姉さんにお願い」
「はい!」

屈託ない笑顔で返事を返す
彼女は、幼い頃に両親を亡くしている
その後、すぐに連れて来られたのが遊廓だった
それでも、初めての場所で慣れなくて体を壊すことは多々あった
そんな中でも、養母や姉たちが心配してくれた
1年くらいすると、慣れてきて体も丈夫になったし、仕事もできるようになった

「小夏、ちょっとおいで」
「はい?」

休みを取っていると、養母が手招きして別の部屋に連れて行かれる

「なんでしょう?」
「あなたも、そろそろ皆と同じ遊郭に入らない?」

それは、突然の誘いだった
あまり男の人とは、話したこともない小夏は戸惑ってしまう

「別に今じゃなくてもいいのよ?あなたも、16歳になるんだしと思っただけだから」
「あっ・・・少し驚いただけですから、大丈夫です」

いつもの笑顔に戻って、柔らかく言う

「そう?一応、考えておいてくれるかしら」
「わかりました」

そう言って、静かに部屋を出ていく

(養母さんには、ああ言われたけど・・・)

その日から、小夏は休みの時間に外を出るようになった
控えめなピンクの着物に長い髪を高く結わえているのを見ると、町の人たちはすぐに小夏だと判る

「あら、小夏ちゃんじゃない」
「こんにちわ」
「今日は、買い物かい?」
「ちょっと、散歩にと思って」
「そうかい。これ、持って行きな」
「いいんですか?!」

渡されたのは、お重に所狭しと入っている饅頭だ

「いつも、ここで買い物してくれるからね」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに笑うと、「いつでも、おいで」と言われてしまい、嬉しい気持ちになる
小1時間して、帰路についた
遊郭で、姉たちに先ほど貰った饅頭を配りに行く

「小夏、ちょっと来て」
「なんですか?」

小夏を呼んだのは、仲のいい千歳姉さんだ

「小夏も、隅でいいから見学してみなよ」
「え?というと・・・」
「そう、ここで客の反応を見てるだけでもいいからね!」
「わかりました・・・」

小夏は興味半分で姉たちの後ろで、お客の誘い方を見ていた
それは、異様な光景で思わず見入ってしまっていた
遊女たちは、一匹の蝶のように華麗に振舞っている
着物は、蝶の羽のように綺麗な模様を移している
それを追うように、客たちは手を伸ばして捕まえようとする
薄暗い部屋の中から見ていても、惹きつけられてしまう
気づいたら、小夏は夢中になっていた
自分が見たことのない姉の姿や自分が接してきた客の反応は、今まで見たことのない姿がそこにはあった
見入っていたせいか、千歳が近くに来ていたことに気づかなかった

「ここの様子は、どうだい?」
「あ・・・すごく、綺麗ですね」

声をかけられて、ようやく気づくと素直な感想を口にする
その言葉に、千歳は驚いた顔をする

「わたし、何か変なこと言いました?」
「いやっ・・・あんたから、そんなことが聞けるとは思わなかったよ」
「そうですか・・・」
「わたしも、昔は綺麗だと思ったよ。でも、自分でやってみると綺麗だとは思わなかったんだ」
「なんでですか?」
「お客の本心が、わかるとつまらないものさ」

千夏は、それ以上は聞こうとしなかった
それ以上を聞くと、この光景も汚れて見えてしまうように思えたから

「そうそう。今日は珍しいお客が来るから、よく見ておくんだよ」

そう言って、千歳は自分の持ち場に戻っていく

(珍しいって言っても、こんな場所に来る人に珍しいも何もないよ)

気にせずに、顔を上げて見ていると一際目立つ人がいた
綺麗な赤毛に、着物は対照的な青色
髪の色は、綺麗に染まっている
着物の色も、髪の色に負けないほど綺麗な色だ

(綺麗な髪の色・・・着物も、赤色の髪に合わせてるのかな?すごく綺麗に見えるなぁ)

そんなことを考えながら、その人にばかり目がいってしまう
ふいに小夏の方を向いて、固まってしまっている
小夏も、相手と目があったせいか気恥かしくなる
舞台袖に戻ろうとしたら、その人が店の人に何か話している
話が終わると、落ち込んだ様子で帰って行ってしまった

(なんだったんだろう?)

小夏は、高鳴る胸を抑えて袖の方に引っ込んでしまう
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