夢見鳥(仮)

□傷跡
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話を聞いていたのかは分からないが、ロジェはお風呂に入るようにと促してきた。

恐怖。

たった一晩。シュゼットに恐怖を植えつけるにはそれだけで十分だった。
呼吸が浅くなり、目の前がゆれる。
用意されたのは、あわいレモン色のワンピースだった。
後ろでリボンを結ぶ。
この誘いを、無視することも出来る。
しかし、無視をしたらもっと酷いことをされる。
恐怖心だけが、シュゼットを動かしていた。
シルヴァの部屋の前に立ち、小さくノックをする。
誰もいませんようにと願いながら。

しかしその願いもむなしく、どうぞと声がした。
「失礼します」
部屋に入る。
近づいてきたらすぐに逃げられるように、ドアを背にして立った。
窓辺には、鳥かごとその中に今着ているワンピースにも似た淡い黄色の鳥が一匹。
見せたいものとはこれのことだろう。

「さあ、どうぞ」
こちらに来いという無言の圧力。押しつぶされてしまいそうだった。
一段と息が速くなるのを感じる。
一歩、一歩と近づく。罠だと知りながら。
「知ってても来るんだね」
優しい笑みが、一瞬で冷たい嗜虐的なものに変わる。
唐突に手首をつかまれ、引き寄せられる。
「そんなに良かった?」耳元で声がした。
逃げることなんて出来っこない。
恐怖で体が固くなる。足がすくむ。
「痛いのが好き?」
手首を持つ手に力が込められる。
「どっちでもいいけど」
手首を持っているのと逆の手で、近くの引き出しを探り、ロープのようなものをとりだす。
「抵抗しても無駄だって、分かってるでしょう。おとなしくしないと傷が付くよ」
「やだっ!離して!」
恐怖に駆られて足を踏み入れてしまったことを深く後悔する。
「この部屋に来たこと後悔してる?それもと、この屋敷にきたこと?」
両手を束ねるように、ロープがかけられる。
「でも、君は来て正解だよ。約束を破ったら、お仕置きを受けるところだったから」
「いやっ!」
「叫んでもロジェは助けになんてこないよ」
頭を殴られたような気がした。
心のどこかで助けに来てくれると思っていたからかもしれない。
それはあまりに衝撃的で、声が出てこなかった。口をぱくぱくと動かすだけだ。
シュゼットは引きずられるように、書斎の椅子まで連れてこられる。
胸の辺りまである大きな黒い革張りの椅子。
シルヴァはシュゼットの手を取り、ロープをくるくると巻き付けていく。
「…やめてください」
手を引こうとするが、笑顔でそれを制される。
「動かないで。傷になるでしょ」
体に恐怖が染み込んでいるのだろう、反射的に身体が固まる。
「いい子だね」
シルヴァは手馴れた様子で器用に、シュゼットを椅子に縛り付けていく。
椅子の後ろから、背もたれに覆いかぶさるような姿で縛り付けられた。
身体が少し前屈みになり、お尻を突き出したような格好。
頬は革のしっとりとした感覚を感じていた。
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