花吹雪

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窓枠に行儀悪く腰掛け、風に舞い散る無数の花弁を眺めながら、ぐいと杯を傾ける。

のんびりとした昼下がりは、酒を飲むのに丁度良い。

先頃手に入れた銘酒の瓶に再び手を伸ばした時、こちらに近づいて来る弾むような足音が耳に届いた。

と、次の瞬間。部屋の前で立ち止まった足音の主が勢いよく扉を押し開ける。


「ごめん、観世音!遅くなった!」

「おぉ、玉瑛。よく来たな。どーせ、あのジジイが何だかんだ理由付けて引き留めてたんだろ?気にしてねぇよ」


肩で息をし、走ってきたことが丸分かりな程服装を乱した一人の女。

大方天帝の謁見の間からここまで走って来たのだろう。

水差しから移した水を手渡しながら改めてその姿を上から下まで眺め直すと、流石の俺の口からも溜息が漏れた。


「それにしたって玉瑛、お前なぁ・・・。

天帝がお前を時間通りに開放した試しがねぇんだ、俺だって遅れてくることぐらい予想はついてるさ。

だから今度からは、頼 む か ら 歩いて来てくれよ。

全く・・・実際のお前がそんなだって知ったら、噂の『珠の姫』に憧れる世の女が卒倒するぜ?」

「そもそも、その噂自体が間違ってるんだよ。この間辞めちゃった子も言ってたさ。

『確かに玉瑛様はお美しいですが、掌中の珠という表現は似合いませんね』って」

「その言葉には同意するが・・・おい、また辞めたのか?」


その言葉にしまったと言わんばかりに首を竦めた玉瑛に、思わず額を抑えて天を仰いだ。

『珠の姫』の噂は、ここ最近天界中でまことしやかに囁かれ始めたものだ。

何でも天帝城のどこかには実に美しく、そして重要な任を負った姫君が、掌中の珠のように大切に守られて暮らしているということらしい。

確かに玉瑛は美人だ。この俺が言うのだから間違いない。そして重要な任を負っている、というのも間違いじゃない。

何せ、下界における最高権力である天地開元経文の統括は、こいつが父親である釈迦如来に創造当初から任されてきた仕事なのだから。

けれど、掌中の珠という表現だけは頂けない。

そもそもこいつが滅多に人前に現れないのは、心配性の父親に屋敷から一人で出歩くことを禁止されているのと、単にこいつが出不精なだけだ。

その上美しい銀の髪も項あたりで適当に括られ、衣装も皺だらけとあっちゃ誰もこいつが噂の張本人だとは思わないだろう。

そんな俺の気も知らず、玉瑛は飲み終わった湯呑を弄びながら視線をこちらに向けた。


「またって言うなよな!気にしてるんだから!そんなことより観世音、僕に会わせたい奴って一体誰なんだ?

僕一応、父さんに無闇に知り合い増やすなって言われてるんだけど」

「お前の親父の許可は取ってあるよ。誰かは・・・まぁ、着いてからのお楽しみってとこだな。行くぞ」


壊される前に湯呑を取り上げて、先導するために部屋を出る。

しゃなりしゃなりと、あいつ特有の足音が後ろに続くのを確認して俺は屋敷の一角に足を向けた。

玉瑛の口から紡がれる他愛もない話に相槌を打ちながらしばらく進み、一つの扉の前で足を止める。

さてこの退屈で死にそうな二人が、どうやって俺を楽しませてくれるのやら。

そう心の中で独り言ちて、よく磨かれたドアノブへと手を伸ばした。


「おい、金蝉。邪魔するぜ」



それが、全ての始まりだった。


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