月下の君

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「西へ向かう、四人組の妖怪・・・か。まさか俺の追手じゃねぇだろうな」


月明かりに照らされた部屋の中に、小さく吐き出した声がよく響く。

朋茗の話と、東の街で耳にした噂話。多分あれは同じ集団を指していた。

ゆっくりと閉じた瞼の裏に、今日出会った四人組の姿が映る。

そういえばあいつらは、人並み以上には強かった。

それならあの四人が噂の・・・?


「馬鹿だなぁ、俺も。『あいつ』が妖怪だなんて、天地がひっくり返ったってありえねぇのに」


ふわりと頭の隅に浮かん考えを振り払うように否定の言葉を口にすれば、脳裏に浮かぶのはあの輝き。

無意識のうちにせりあがってくる何かを必死で飲み込み、月光から逃れるようにごろりと一つ、寝返りを打った。

あぁ、今夜は久しぶりに良い夢が見れそうだ。


銀色の影は、やがて穏やかな寝息を立て眠りの海に沈んでいった。





「――さてと。寝込みを襲うなんて不躾な方ですねェ」

「――おいいるか、八戒!?」


誰もが寝静まる真夜中に、音もなく行われた妖怪の襲撃。

幸いその気配には慣れたものなので顔色一つ変えずに片付けた八戒の部屋へ、慌てた様子の悟浄が駈け込んで来た。

その様子から見て、悟浄の元へも同様に妖怪がやって来たに違いない。

互いの無事が確認出来れば、自然とその会話は妖怪達が発した「紅孩児」という名の男へと話は移る。

が、しかし。突然響いた建物を揺らす程の大きな音に、彼らはようやく残りの二人について思い出した。


「――そうだ、他の奴らは?」

「三蔵は離れの部屋です!悟空はこの隣の・・・
――っと」


言葉と同時に八戒が勢いよく廊下に飛び出せば、図ったようなタイミングで悟空の部屋から扉を吹っ飛ばして妖怪が飛ばされて来た。

三人共が襲撃されたことから考えれば、やはり三蔵の方も危ないだろう。

一応大丈夫だろうと思いながらも急いで部屋の中を覗き込めば、寝ぼけ眼の悟空と目が合った。


「何、もう朝メシ?」

「・・・いえ、残念ながら。それより悟空、妖怪が僕らを襲って来たということは、三蔵の方も同様なはずです。急ぎましょう」

「おう!」


自分が寝ぼけて何をしたのかも定かではなかった悟空であったが、三蔵の危険を知らされればその瞳は途端にはっきりと見開かれる。

八戒の呼びかけに合わせて勢いよく返事を返し、そのまま廊下に駆けだしたまではよかったのだが、
なぜか数歩走ったところで足を止め、後ろにいた二人を振り返った。


「なぁ、悟浄、八戒。・・・璃桜は?」

「は?」

「璃桜がどうしたんです?」

「だから!璃桜の方は確認行った?
昼間俺らと一緒にいたから、あいつのとこにも妖怪来てるかもしんねぇじゃん!」


焦ったように言葉を続ける悟空に、悟浄と八戒は思わず顔を見合わせる。

確かに、その可能性は考えていなかった。

相手はこちら側の詳しい情報まで手にいれているようであったから、もしかしたらそんな心配は杞憂かもしれないが、
この街に入ってからはほとんど行動を共にしていたのだ。

新たに加わった仲間だと勘違いされていることも考えられる。

一応この時期に一人旅が出来るほどの腕はあるのだろうけれど、三人は実際彼が戦っている姿を見たわけでは無い。

無関係なのに夜中の襲撃に巻き込んでしまったとしたら、昼間聞いた話と相まって彼には益々申し訳ないことをしたことになる。

どのみち三蔵の部屋へ行くためには、一度璃桜の泊まった部屋の前を通らなければいけないのだ。

どちらにしても早いことに越したことは無いだろう、と三人は示し合わせたように足を運ぶスピードを速めていった。



「えっと、璃桜の部屋どっちだっけ!?」

「その角を左です!」

「何もなきゃいいが・・・っておわッ!?」


なるべく音を立てないように廊下を駆け抜け、三蔵の元へと急ぐ三人。

八戒の指示を聞いて真っ先に角を曲がりこんだ悟浄は、反対側から走って来た何かとぶつかり、思わず声を上げる。

相手方もぶつかった衝撃で数歩後ろに下がっていたが、その見覚えのある銀髪は―――


「ッ、誰だ!・・・て、悟浄?それに、悟空に八戒も。どうしたんだ、こんな夜中に」

「璃桜!よかった、無事だったんだな!」


警戒心も露わにこちらに向けられた視線は、そこに立つ人物が誰かを確認すれば驚きに変わる。

そこに立っていたのは、今まさに探していた璃桜その人であった。

彼の方もこちらが誰かということに気付くと、
一瞬前の険しい表情が嘘のように、呆気にとられた顔でただ瞬きを繰り返す。

そんな状態の璃桜の手を取って悟空は嬉しそうに何度も振るが、後ろの二人は状況が分かっていない彼の混乱ぶりに思わず助け船を差し出した。


「悟空、ダメじゃないですか。ちゃんと説明しないと璃桜混乱して困ってますよ」

「そーそ。こいつはこっちの状況なんてなんも知らねぇんだから。
で、璃桜。まさかとは思うけど、お前の部屋を妖怪が襲撃〜なんて、無かったよな?」

「あったぞ?だからお前らの方も気になって、こうやって走ってたわけじゃねぇか」

「マジで!璃桜、大丈夫だったのか?」


あまりにも平然に語られたが、悟空の予想通りとなっていたことに今度は三人が驚かされた。

璃桜の言葉に何か引っかかるものを感じないでもなかったが、ざっと上から下まで目を走らせどこにも傷一つ見つからないことを確認すると、八戒は手短に今の状況を説明する。


「――・・・というわけなんです、巻き込んでしまってすみませんでした。
後は僕らで片付けますから、璃桜はゆっくり休んでください」


璃桜が口を挟まず聞いてくれることを内心感謝しながら説明し終われば、三人は急いで三蔵の元へと足を向けようとした。

けれど走り出す直前、それまで黙っていた璃桜がおもむろに口を開いた。


「待ってくれ。それ、俺も行く」

「でも、これ以上貴方に迷惑をかけるわけには・・・」

「確かに、こんな時間に起こされたのには腹が立つ。
だからこそ、そんなことやった奴を直接ぶん殴りてぇんだ」

「今は相手が一人だったからよかったかもしんねぇけど、あっちにはどんだけいるか分かんねぇのよ?身の安全は保障しねぇぜ?」

「構わねぇよ。自分の実力は自分が一番よく分かってるさ。お前らの邪魔だけにはならないことを約束しよう」

「もういいから急ごうぜ!早く三蔵のとこ行かねぇと!」


八戒の言葉にも悟浄の脅しにもまっすぐ視線をゆらさず応えたその姿に、流石に二人も次の反論が出てこない。

焦れた悟空の声に後押しされ、四人は一斉に三蔵の泊まる離れへと駆けだした。


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