月下の君
□02
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「あッ、てめェ!!それ俺が取っといたスブタじゃねーかよ。かえせ!!」
「るせーな、イジ汚ーぞ猿!草でも食ってな」
家業が宿屋だという先程の少女――朋茗――の言葉に甘え、五人は空きっ腹を抱え彼女の家に転がり込んだ。
賑やかな人達だと最初に合った時から思っていた朋茗であったが、流石に吸い込まれるように卓上の料理が消えていく傍らで、
口を動かしながらも騒がしい舌戦を繰り広げる様には思わず掛ける言葉を見失う。
痺れを切らした三蔵がハリセンを振りかぶったことで生まれたタイミングで空いた皿を片付けるため近寄れば、
そんな四人の騒ぎには目もくれず、黙々と目の前の料理を口へ運び続ける銀髪の青年の姿が目に留まった。
「璃桜さん――でしたよね?うちの料理、お口に合いました?」
「――ッ!?ん〜〜!!」
「きゃ、すいません!大丈夫ですか?」
皿を回収するついでにそっと声を掛けたのだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
ちょうど銜え込んだ春巻きを喉に詰まらせた背を急いでさすれば、ようやく落ち着きを取り戻した璃桜は若干涙目になりながらも満面の笑みで朋茗を振り返った。
「悪ぃな、あんまりにもうまかったから思わずがっついちまったよ」
「それならいいんですが・・・でも、突然話しかけてしまってすみません」
「いいっていいって。それよりこんなうまい飯が作れるなら、朋茗は良いお嫁さんになれるよ」
ニヤリ、と楽しそうに口の端を持ち上げた姿に、堪え切れなくなった朋茗はようやく小さな笑い声を漏らす。
誰もが見て見ぬふりをしていた所を助けられたのには本当に驚いたが、今のように各々が好き勝手している様子からはあの強さは微塵も窺えない。
彼らの掛け合いを「良い意味で変な人達だな」と見守っていれば、扉が開く音と共に肩にそっと手が乗せられた。
「おう、お客さん達!!朋茗を助けてくれた礼だ、どんどん食ってくれ」
声につられて朋茗が背後を振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた父が立っていた。
その言葉に慌ててもう一度頭を下げても、五人は何てことない、とサラリと受け流してしまう。
「お前はただぶっ倒れてただけで本当に何もしてねぇだろうが」
「仕方ねーだろ。ほんと腹減って死にそうだったんだから」
「しっかしお前、よく食うなぁ。下手したら悟空と同じぐらい食ってねぇか?」
「だってここの飯うまいじゃん。なぁ、悟空?」
朋茗の言葉をきっかけに再び軽口を叩き合い始めた五人は、わずかに卓の上に残っていた料理もあっという間に空にする。
その気持ちの良いまでの食べっぷりに朋茗の父は嬉しそうに笑い声を立てながら、湯気の立つ湯飲みを差し出した。
「――ところで、お客さん達東から来たんだってネ」
「ああ・・・そうだが」
そのまま世間話の流れで問われた言葉に、三蔵は若干訝しみながらも肯定を返す。
他の三人もどうしてそんなことをわざわざ聞かれるのか、と不思議そうな表情を浮かべるが、その切り出しにどこか覚えがあった璃桜は何かを思い出すように僅かに眉間に皺を寄せた。
そんな僅かな変化には誰も気付かず、三蔵の答えを聞いた朋茗が少し驚いたように声を上げる。
「へえ、珍しいなあ。東の砂漠は物騒であまり人間は通らないのに、みなさんよく無事でしたねー。強いんだ、やっぱり」
「あぁ、やっぱりこの街にも噂は届いてんだな」
朋茗の言葉に悟空を除いた三蔵一行は僅かに肩を揺らすも、朋茗の視線は相槌を打った
璃桜に向いておりその様子には気付かない。
前の街で「東のルートは物騒だ」って話してるのが聞こえたんだ、と続けられた言葉に、三人は更に表情をこわばらせる。
ここまで噂になっているとは思いもしなかった三人はどうする、と言わんばかりに視線を交し合うが朋茗の話は終わらない。
少し表情を暗くし、声を落として言葉を続ける。
「特に最近すっごく狂暴な『四人組の妖怪』が出没するってウワサですよ。
彼らの通った跡には妖怪の屍の山ができるって。同種争いで人間には被害ないみたいですけど」
「へーでもそれってまるで俺らのことみた――」
抑えた声で語られたのは、まさしく三蔵一行本人たちのことであったのだが、こういう場面に鈍い悟空は何故かそのことに気付かない。
危うくポロリとその口から本当のことが漏れる所であったが、隣の悟浄に無理やり頭を押さえつけらえたことで強制的に黙らされた。
その不自然さを隠すように投げかけた話題で、三蔵一行と朋茗親子の間で最近の妖怪たちの狂暴化などについて話が続けられる。
しかしどうしてか璃桜は先程までと違って全く話に加わろうとせず、ずっと何かを考えるように最後まで押し黙ったままであった。
「あ、そういえば」
食事も終わり、五人が部屋に行くため廊下を歩いていたとき、ようやく思い出したかのように璃桜が声を上げた。
四人で行動することに慣れてしまっている三蔵一行はそこでようやく、先程璃桜が途中から突然会話に加わらなかったことに思い至る。
一体何事か、と最後尾を歩いていた璃桜を振り返れば、少し気まずそうに視線を明後日の方向へ泳がせる姿が目に入った。
「どうしました、璃桜?」
「いや、そういや俺、お前らに助けてもらった上に飯と宿の世話までしてもらって、礼も言ってなかったなぁって思ってよ」
本当に助かった、ありがとう。
そう言って頭を下げる様は食事の時まで遠慮なく軽口を叩いていた姿とは違って見え、四人は思わず反応に困る。
誰も次の言葉を返せずにいれば、璃桜は自分の中で納得がいったのか、横にあったドアの取っ手を掴み四人に軽く手を振った。
「しばらくはこの街にいるつもりだから、何か手伝えることあったら声掛けてくれよ。
じゃ、俺この部屋みたいだから」
呆気にとられ動けずにいた一行を他所にさっさと部屋の中に消えていった姿を見送り、四人はようやく一番大切なことを思い出した。
「そっか、璃桜はここまで乗せてきただけだったっけ・・・」
あまりにも自然に馴染んでいたから、皆が数時間前に会ったばかりなんてこと、すっかり忘れていた。
ポツリと呟かれた悟空の言葉が、何よりも明確に四人の心の内を表していた。