月下の君
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「うっわぁ!近くで見てもめちゃくちゃスゲェ!」
「あ、悟空!そんなに急がなくても桜は逃げませんよ!」
ジープを進めれば目的の桜は意外と近く、八戒は全体を眺められる距離で停止する。
普段花を愛でる趣味のない四人から見てもその桜は美しく、悟空は八戒の制止も耳に届かぬのか、
歓声を上げた勢いのままジープを飛び下りて近くまで駆け寄った。
「あいつが食い物以外であそこまではしゃぐのって珍しくね?」
「まぁ悟空は、『花より団子』って感じですからねぇ」
「違いねぇな」
停車したジープからゆっくりと舞い散る花弁を眺め三人に対し、根本まで近付いた悟空は幹に沿って徐々に視線を上げていった。
抱え込むのに一人では到底足りないであろうどっしりとしたその先には頭上を覆う薄桃色の花弁が満開に咲き誇り、
その隙間を通してキラキラと日の光が降り注ぐ様に思わず目を細める。
悟空としてもこれまで花見と言ったら桜を見るよりその時のご馳走の方がよっぽど楽しみだったが、
こんなものを今まで見過ごしていたかと考えると、少し勿体ないことをしたという気持ちまで湧き起ってきた。
上を向くことで自然と開く口もそのままに、幹に片手を這わせながらゆっくりと後ろに下がる。
そうすることで光に透ける花弁の色も微妙に変わり、悟空の視線は益々頭上の桜に釘付けとなった。
「おい、悟空!あんまジープから離れんじゃねぇぞ!」
「おー」
悟浄の忠告に生返事で答えながら、また一歩後ろへと足を進める。
ちょうどジープの停まる場所から反対側まで回り込んでしまっていたが、上を向き、頭上の桜に夢中な悟空はそんなことには気が付かない。
しかし、次の一歩を地に着けようとした瞬間。
「ッ!?うわぁッ!」
「―――ギャッ!」
何かぐにゃりとしたモノを踏みつけた、と認識したのと同時にバランスを崩して後ろへと倒れ込んだ。
―――カエルが潰れたような声が上がったのは、その時だった。
「何事だ!」
「敵襲か!?」
「大丈夫ですか!」
突然のことに思わず上がった悟空の叫び声に、ジープでのんびりと桜を眺めていた三人も急いで悟空の元へと走る。
ぐるりと桜を回り込んだ彼らの目に飛び込んできたのは、予想もしていなかった光景であった。
「いってぇ、頭打った・・・あれ?そんな驚いた顔してどーしたんだよ?」
倒れた拍子に地面に打ち付けたらしい後頭部を擦りながら起き上った悟空は、目の前で立ち止まる三人の姿を不思議そうに見つめる。
思わず上げてしまった自分の叫び声に反応するのは聞いていたけど、こんな顔をされるほど自分の恰好はおかしいのだろうか?
そう言いたげに頭を傾げる悟空の現状を全く理解していそうにない様子に、八戒はそろそろと指を伸ばしゆっくりと問いかけた。
「あの、悟空。一つ聞いてもいいですか?」
「ん?何?」
「そちらの方は・・・?」
「・・・はぁぁ!?何か柔らかいの踏んだとは思ったけど!誰だよ、こいつ!」
八戒の問いかけに従ってゆっくりと目線を下げた悟空の目に映ったのは、自分の足の下に横たわり、苦しそうに眉間に皺を寄せた見知らぬ青年。
丁度足が腹の上に乗っていることから考えるに、先程悟空が踏んづけたのは彼の腹に間違いないだろう。
予想外の驚きに思わず大声を上げ後ずさったものの、青年は目を覚ます気配が一向に無い。
段々不安になってきて悟空がそっと顔を覗き込めば、ようやく驚きの薄れてきた三人も倒れる青年を囲むように悟空の元へと近寄った。
「なぁ八戒、こいつ大丈夫かな?」
「一応呼吸はしてますから、大丈夫だとは思いますけど・・・」
「にしても何でこんなとこに倒れてたんだぁ?この兄ちゃん」
目立った外傷も見当たらないことから死にかけている訳ではないと判断し、四人はとりあえず様子見のためそれぞれ思い思いの場所に腰を落ち着けた。
ぱっと見たところ、年齢は自分達と同世代だろうか。こんな混沌とした現在の桃源郷を一人旅とはよっぽどの変わり者なのだろう。
煙草をふかしながら三蔵がぼんやりと考え込んでいる一方で、悟空は未だ反応の無い青年を心配し顔を軽く叩いていた。
「お〜い、大丈夫か?腹踏んじゃって、ほんと
ゴメンな」
「おいおい悟空、無闇に頭揺らしてんじゃねぇよ」
「そうですよ。万が一頭打ってたら大変なことですからね」
「でもさぁ・・・」
踏んでしまったことに罪悪感があるのか、悟空にしては珍しく言葉尻を濁し青年をじっと見守る。
それほど急いでいないとはいえ、青年が目を覚ますのを何時間も待っているわけにはいかないため八戒と悟浄はどうしたものかとそっと視線を交わした。
と、その時。悟空の見つめる先で青年の目蓋と指先がピクリと動く。
「あッ!」
「ん・・・んぁ?」