月下の君
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「「「「しょッ」」」」
とある山道で、掛け声と共に出された手は四つ。
ピンと二本の指が伸ばされた一つを除き、後の三つはしっかりと拳が握られていた。
「あぁ、また負けた!」
「あはは、悟空はじゃんけん苦手ですもんね。
・・・ところで璃桜、貴方生きてます?」
現在岩だらけの山道を進む三蔵一行は、じゃんけんで荷物持ちを決めている。
けれどもその輪に加わっていない唯一の影を振り返り、八戒は心配そうに問いかけた。
つられて三人も視線を後ろへと向けるが、言葉が投げられた人物は前回の荷物持ち交代の時より更に後ろを歩いているように思われる。
「・・・あぁ、なんとか」
片手を上げて死にそうな様で言葉を返したのはついこの間一行と出会った青年、璃桜である。
初対面の時も二度目の再開時も空腹で倒れていた彼であったが、悟空並に食べるのに体力が壊滅的なほど無いらしい。
四人のなかで一番体力の無い三蔵より早くこの道のりに音を上げ、今も息をゼイゼイ言わせながら辛うじて一行のだいぶ後ろを歩いている。
幸いなことに彼は自分の荷物というものをほとんど持っていなかったため、荷物持ちのじゃんけんに参加することなく山登りを続けられていた。
最も、いくら自分が持ちたくないからと言って流石にこの状態の璃桜に持たせようとは、四人も思わなかったであろうけれど。
それからしばらく、四人は彼を完全に置いていかないペースを保ちながら黙々と足を動かし続けた。
けれども、周りの景色が変わる様子は一向に見えてこない。
それでも進む先に見える太陽は着々とその高度を下げ始め、日没までもうそれ程時間が無いことを告げている。
視界にあるものを捉えた三蔵は、ため息交じりの息を吐き出しながらようやく動かし続けていた足を止めた。
「・・・このままだと山越える前に日が暮れちまうな」
「そうですね、一晩の宿をお借りしますか」
その言葉にようやく顔を上げた璃桜の視線の先にあったのは、見上げる程の高さを誇る立派な寺院であった。
「・・・げッ」
「げ、ごたいそーな寺だなオイ」
顔を引き攣らせ、小さく声を漏らすも、運よくそれは悟浄の言葉と重なって四人の耳には届かない。
のり気では無い悟浄と建物の大きさに驚いている悟空を尻目に、八戒は寺院に向かって声を掛ける。
「すみませーん」
「何か用か!?」
声を聞きつけて一人の坊主が二階の扉から現れたが、その態度はどう見ても友好的とは言い難い。
軽く眉を顰める璃桜の横で八戒は丁重に一晩の宿を願い出るも、坊主の態度は変わらない。
それどころか、五人の薄汚れ、草臥れた様とその恰好を眺めると馬鹿にするように瞳を細めた。
「――フン。ここは神聖なる寺院である故、素性の知れぬ者を招き入れる訳にはいかん!」
半ば予想が付いていた三蔵は無反応であるが、四人は多少の差はあれどその言葉に眉を顰める。
頭の固い坊主たちへ悪態を吐く悟浄に対し、残りの三人の心配は今晩の寝床だ。
悟空の最も気にする食料の問題はもちろん、辺りを見渡せども岩しかないこの場所で野宿など、八戒も璃桜もしたくない。
どうしたものかと考えを巡らせていれば、遂に痺れを切らした悟空が「あの言葉」を口にした。
「なー腹減ったってば、三蔵っっ!!」
「さ・・・『三蔵』だと?」
そうかその手があったかばかりに目を見開く璃桜に対し、その呼び名を聞いた僧の顔は一気に青くなる。
不審な連れに気を取られてたとはいえ、よくよく見ればその一人は確かにかつて見た最高僧のいでたちによく似ていた。
そこまで考えて、僧はようやく目の前の人物の正体に思い至る。
「・・・まさか、『玄奘三蔵法師』・・・!?」
「何!?」
「しっ・・・失礼致しました!!」
「今すぐお通ししますッ!!」
思わず口走ったその名は周囲にいた僧たちの表情までも凍り付かせ、先程までの態度が嘘のように門を開けるため走り出させる。
そのあまりの変わりように悟空は呆気にとられるばかりであったが、先にあまり良いものが期待できない四人は渋い顔を崩さなかった。