月下の君

□01
1ページ/4ページ


乾いた色彩が広がる荒野でそれが目に入ったとき、『まさか』と思った。

今にも崩れ落ちそうだった身体をなんとか引きずって、ようやくそれに辿り着く。

でも、そこが限界だった。

視界一面を埋め尽くす薄桃色を見上げながら、俺は自分の意識が薄れていくのを感じていた。


「あぁ・・・あいつらにも、見せたかった
なぁ・・・・・・」


そう口から零れ落ちたのを最後に、全てが闇に飲み込まれた。



01



「あぁッ、悟浄!それ、俺が先に狙ってた奴!」

「はぁ?ンなこと知るか!お前もう十分食っただろう!」

「でも、それが最後の一個だったのに!」


荒野を走る一台のジープ。風の音だけが満たすその場所では、そこから響く大声がよく通る。
前の街を出立してもう何度このやり取りを耳にしただろうか。

未だ学習しない後ろの二人に八戒が溜息を吐いた時、先程から徐々に眉間の皺を深くしていた三蔵の怒りがついに爆発した。


「テメェら、今すぐその口閉じねぇと強制的に黙らせるぞ!」


カチャリと愛用の拳銃を携えて振り向けば、悟浄と悟空は体を隅に寄せて急いで両手を上げる。


「ダメですよ、三蔵。そんなことに使ったら、弾がもったいないじゃないですか。
――悟空も悟浄も、次の街まであと少しなので 大 人 し く していてくださいね?」


声音は四人の間を吹き抜ける風よりも爽やかなはずなのに、なぜか薄ら寒いものが背筋を走る。

『大人しく』がやけに強調されて聞こえたのは気のせいだろうか。

笑顔の下に押し込められた苛立ちを瞬時に察知して、三蔵は渋々といった体で取り出した拳銃を袂に戻した。

最後に、余計なことはするなとばかりに後部座席をひとにらみした視線が外れて、縮み上がっていた二人はようやく殺していた息を吐き出した。


八戒にやんわりと釘を刺された後では、なぜだか口を開くのさえ憚られる。

そんな空気も相まって、ぼんやりと流れていく雲を眺めていた悟空であったが、飛んできた何かが鼻先にくっつき思わず奇声が漏れた。


「ぎゃッ!?」

「どうしました、悟空?」

「いや、何か鼻にくっついたんだけど・・・って、コレ、桜?」


慌てて摘み上げた指先にあったのは、薄桃色の小さな花弁。

悟浄も横から覗いてみたが、それは確かに桜の花びらであった。


「確かに時期としては間違っちゃいねぇけどよ・・・」

「こんな場所で育つ植物じゃねえだろう」

「ざっと見てもそれらしき木も見当たりませんしねぇ・・・。一体どこから・・・」


悟空の言葉を疑う訳ではないが、この場所に桜の花は場違いだ。

自然と視線は周囲を探るも、目に見える植物といえば低木の茂みばかり。

首を捻りながら八戒が進路を塞いでいた大岩を回りこんだ時、それは一行の目に飛び込んできた。


「うっわ、すげぇ!」

「まじかよ・・・」

「ほぉ・・・」

「これはこれは、驚きですね」


進路から少し北に外れたその先に、小ぶりとはいえ見事な桜の木が一本立っていた。

それと同時に、吹き付ける風の中に薄桃色が飛
び交い始める。

自分の元へと飛んできたものを三蔵も確認してみるが、やはりそれは彼の見知った桜の花弁と変わりがないように思われた。


「せっかくだから近くまで寄ってみましょうか?進路から大きく外れる訳でもありませんし」


指先で摘んだ薄桃色に訝しげな視線を向ける三蔵を横目でとらえ、八戒がさり気なく提案する。

まさかこの辺りで植物まで異変が広がっているとは思わないが、確認することに越したことは無い。

それに八戒自身としては、せっかくの機会なのだから少しゆっくり眺めるのは悪くないと思ったのだ。

最も、このメンバーでゆっくりお花見が出来るなんて期待は、全く持っていないのだが。


「あ、三蔵!俺ももっと近く行きてえ!」

「近くで見ようが花見のご馳走は出てこねぇぜ、お猿ちゃん」

「わかってるよ!そんなんじゃねぇって!」

「・・・いいだろう、構わん。あの距離じゃさほど時間は取らんだろう」


地図を見る限り、ここから次の街まで一時間もかからないはずだ。

陽が沈むにはまだまだ時間がある今、三蔵としても三人の反対を押し切ってまで提案を却下する必要も見当たらない。

それならさっさと三人の希望に応えてしまうことが、この場合の一番の近道だ。

渋々といった体で頷けば後ろ二人から喜びの声が上がる。

そんな様子に苦笑を漏らしながら、八戒はハンドルを右へと切った。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ