花吹雪
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いつもと変わらず穏やかな、昼下がり。
普段の玉瑛であればすぐにでも卓を庭へ持ち出して、大好きな双子とお茶を楽しみたいほどいい天気であったのだが、
生憎今日の彼女は机に山と積まれた書類と向き合っていた。
それもこれも自分がここ数日仕事をさぼっていたことが原因なのだから、理由を付けて逃亡を図ろうにも、真面目な双子がそれを許さない。
「大体、昨日突然観世音が来たのが悪いんじゃないか。
『金蝉に面白い動物を飼わせることにした』ってどういうことだよ!
それっきり説明もなしに、僕をからかうだけからかったら帰っちゃうし・・・。
僕がしばらく屋敷に金蝉呼べないこと知ってて言ったんだよ、絶対!」
小声でぶつぶつと愚痴を言いながらも手だけはすいすいと文字を綴る。
そのままの勢いで書類の小山を一つ片付けた時、突然屋敷のどこかから双子の叫び声が上がるのが聞こえてきた。
「!?どうしたの、朱影!蒼陽!」
何とか筆を安全な所に置くだけの理性は残っていたが、二人からの返事を待つほどの余裕は無い。
椅子を蹴立てて立ち上がると、玉瑛はそのまま声の聞こえた方向へ走り出した。
「朱影、蒼陽!どうした――」
「お姫!」「姫様!」
「「塀の上から、子どもが!」」
普段ならば優雅な音を立てる鎖をあちらこちらにぶつける程に急いで駆け付ければ、双子は揃って地面の何かを見つめている。
上がった呼吸もそのままに、急いで二人の無事を確かめようと口を開いたが、その言葉は頬を紅潮させた二人によって遮られた。
普段あまり感情を表に出さない蒼陽さえも、キラキラとした瞳を玉瑛に向ける。
心臓が飛び出るかと思った程驚かされた結果がこんなこととは、と拍子抜けする気持ちもあったが、
とりあえず二人の呼びかけに答えるためにゆっくりと足を踏み出した。
双子はあんな台詞を口にしたが、そもそもこの屋敷を囲っている塀は玉瑛さえも見上げる程の高さを持つ。
そんな上から降って来た子どもとは、一体何者なのか。
二人の向こう側に見える投げ出された足の様子から、その子どもは気絶でもして動けないでいることは分かったが、
その足は玉瑛の警戒心を煽るには十分な程幼く見えた。
何があってもすぐ対処出来るように、と身構えて双子の後ろを覗き込めば、玉瑛は自分の目に飛び込んできた姿に思わず目を丸くした。
「・・・かわいい」
その口からポツリと漏れた言葉に、双子は笑顔で視線を交わす。
きっと落ちた拍子に頭をぶつけたのであろうその子どもは、くたりとした状態で地面に横たわっている。
その顔はかわいらしく丸みをおび、投げ出された手足も子ども特有の柔らかさに満ちている。
そして何より、その顔に浮かべられたふわりとした笑みが玉瑛の心を見事に射抜いたのだ。
朱影と蒼陽を拾ったことからも分かるように、玉瑛は子どもが大好きだ。
元々かわいらしいものは好きではあるが、これまで身近にいなかった分余計にそう思うのだろう。
だからこそ、本当ならば不法侵入で警備に差し出さなければいけない子どもを玉瑛が庇わない訳がない。
「とりあえず、部屋に連れて帰って手当てしてあげなきゃね。
落ちた拍子に頭ぶつけたみたいだし、所々怪我してる」
「それじゃあ私、中で寝台の準備してくるわ!」
「あぁ、僕は救急箱探してきます!」
子どもの傍にしゃがみ込んでそう言えば、双子は次々に屋敷の中へと駆けてゆく。
屋敷の敷地からほとんど外へ出ない二人は、突然の来訪者に興味津々なのだろう。
好奇心を持つことは良いことだ、と一人頷いて玉瑛は倒れた子どもの身体を抱き上げる。
けれども驚いたことに、両の腕にかかる重さは、明らかに目の前の子ども一人分には思えない。
「ちょ、え!?重ッ!!嘘でしょ!」
普段から両腕に重たい鎖を絡ませて暮らしている玉瑛は、自分がそこらの成人男性より力があることは自覚しているが、
今自分の腕にかかっている重さはとてもじゃないが普通の人に抱えらえるものではない。
というより、子ども一人分の重さとしてはあり得ない。
一体どういうことか、とその身体に目線を走らせれば、子どもの両の手足には見慣れぬ枷が嵌っていた。
「あぁ・・・。どこの誰かは知らないけど、君『も』なのかな?」
どういった経緯でそんなものを子どもが着けているかは分からないが、どうせ碌な理由であるはずがない。
自身の両手にかかる鎖と子どものそれを見比べ軽く溜息を吐くと、玉瑛はもう一度しっかりとその身体を抱え直す。
重いことは重いが、彼女にとってはこれぐらいは苦にならない。
そのままさっさと踵を返すと、屋敷に向かって歩き始めた。