もう1つの世界

□笑っておくれ*
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「ピカピ…」

あれからどのくらいの間、自分はこうしているのだろうか。
ふと上を見上げると先ほどまで見当たらなかった星達が瞬いていた。


「ピカピ…」


時々、自分を心配そうに見つめては小声で鳴くパートナーにゴメンと心の中で謝りながらも、サトシはその場を離れることが出来なかった。

キモリにも、スバメにも自分はトレーナーとして最低なことをした。
ただただ傷つけるだけで。
しかも、自分は彼らに労わりの言葉をかけてあげることもしなかった。

こんな、自分勝手なトレーナーのために一生懸命闘ってくれたのに……。


「……ッ」


――もっと冷静にならないと

――オレは何をしてるんだろう……

――こんなんじゃ、トウキさんには勝てない!


熱くなりすぎた、なんてこと、自分が一番よくわかっていたのに……。





「そろそろ中に入れ。風邪引くぞ」

「!?」


バサリと何かが掛けられた。
声の方に目を向けると、いつの間に来たのだろう。タケシがいた。
その格好を見て、自分に掛けられたのが彼のジャケットだということに気がついた。


「タケシ…」

「ハルカもマサトも心配してたぞ」

「……うん」


小さく俯いてしまったサトシの頭にポンとタケシは手を置いた。

ほんの少し、続く沈黙。
聞こえるのは波音だけ。


「オレさ、……頑張るから」

「……」

「次は、絶対に勝ってみせる」


宣言、というよりはどこか自分に言い聞かせているかのような気がした。
何しろサトシはすぐ顔に出るタイプだから。

タケシはそっと口を開いた。


「…サトシ」

「…ん?」


「出来ることから、始めればいいんじゃないか?」

「え…?」

「戦略を練ることも、ポケモン達の技を強化させることも確かに大切だ。だけど、一度に全部をやろうとしないで、必要なことから順に対策を立てていけばいいんじゃないか?」

「……必要なことから、か」


「だから、そんなに思い詰めた顔をするな」


その言葉に思わずはっとした。
隣を見上げれば「な?」と優しい笑みを浮かべるタケシと目が合った。


――今、オレが一番にやらないといけないのは……





「タケシ……」

前を向き、海を見つめる彼の目にもう迷いはなかった。


「ん?」

「ありがとな」

「…どういたしまして」


そうして互いに笑いあう2人にピカチュウもつられて笑顔になる。
堪らずその肩に飛び乗った。


「ピカピ!」

「ピカチュウ、明日からトレーニング頑張ろうぜ!!」

「ピッカァ!!」


数分前までの暗い顔はどこへやら。
タケシのジャケットを羽織ったまま、サトシは勢いよく立ちあがるとピカチュウとダッシュでセンターへと向かう。

時々振り返っては、手をぶんぶん振りながらタケシ―!!と叫ぶ元気な声を夜の海岸に響き渡らせる。


「おいおい……人のこと置いていくなよ」


前を真っ直ぐ走るサトシと、
その後ろを歩いてついていくタケシ。

そんな彼等の姿を、
夜空に浮かぶ月が静かに、優しく照らしていた。


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