もう1つの世界

□たったそれだけ*
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それはまるでスローモーションのようにゆっくりとした動きだった。

少し屈んだ姿勢になって、ぎゅう、と自分の肩に額を押し当てるサトシに思わずタケシの体が強張った。


「サ…トシ?」
「……」
「…本当に、どうしたんだ?」
「……」

名前を呼べば黙り込み、
どうしたと尋ねれば小さく首を横に振るだけで……。


――どうしたもんかな。


サトシが考えていることを知りたい。
けれど、わからない。

タケシは胸中で溜息を吐いた。

座っている自分と立っているサトシ。
自分はまだ良いが、サトシがとっている体勢はそう楽なものでもないだろうに。
それに、ずっとこうしていたらサトシの体が冷えてしまう。

とりあえず体勢を変えよう。
そう思い、タケシはそっと片手をサトシの腰に置いた。

その時。


「……」

「!?」

一瞬だけ、震える体。
額を押し当てる力が、微かに強くなった。


それは本当に小さな変化。

けれど、たったそれだけの変化でタケシの表情が変わった。

「!?」

次に驚いたのはサトシの方だった。

瞬間、自分の腰に置かれていた手の力が強くなる。
ガタリ、と音がした。
かと思えば、いつの間にかタケシは立ち上がっていた。

軽く机に寄り掛かる状態で、自分の方へと寄り掛からせるようにしながら。

優しく、けれど強く、抱き締められていた。


「……」

「……」


どちらも、何も言わなければ体を離そうともしなかった。

タケシの背にそっとサトシの腕が回る。
けれど体格差のせいだろう。服にしがみつく格好になった。
すると、先ほどよりも強く抱き締め返される。
ぎゅっ、とこちらが返すとまた更に強く抱き締め返された。


抱き締めるだけ。

ただ、それだけのことなのに――
凄くほっとした。

そして、どうしてだろう――
不意に涙が零れそうになる。

いつの間にか、先ほどまであったはずのむず痒さは無くなっていた。
次第に重くなる瞼に逆らうことなく、サトシは自身の意識が遠退いていくのを感じながら……。

もう1度だけ、そっと、それを握りしめた。


淋しい気持ちと愛しい気持ち
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