リクエスト作品
□あげたいもの
1ページ/1ページ
いつまでも子供ではない。
時間が流れ、変わらないものと変わるものがある。
それでも傍にいたいと、頼ってほしいと思ってしまうのはきっと自分の我儘なのだろう。
突然倒れたサトシを抱え一行は急いでポケモンセンターへと向かった。
まだ日の高い時間帯でもあった為か、幸いにも部屋が幾つか空いていたのでジョーイさんに頼みそこを一日借りることになったわけだが。
「どう?サトシの具合」
「少し落ち着いたよ。けど、もう少し熱は上がるだろうな」
「…そっか」
落ち込んだ顔をするヒカリとポッチャマ。
「一緒にいるのに。私、早く気付いてあげられなかった」
苦しげな呼吸。上下する胸。汗ばむ額。
そのすぐ横には彼の大切なパートナーが体を丸め、赤い頬をピタリと押し付けていた。
何となく重たい空気が辺りを包む。
「ヒカリ」
だからこそ。この温かい声を聞きたいと思ってしまうし、期待してしまう。
「今からジョーイさんに頼んで台所を借りるんだけど、手伝うか?」
卵粥作ろうと思うんだけど。
俯いていた顔を上げれば、いつもと変わらない、優しくてけれど頼もしい姿がそこにある。
どうしたら、そんな風になれるのだろう。
「……行く!」
暫くぽかんとし表情を浮かべていた彼女だが、たちまち嬉しそうに笑った。
「デザートに林檎すり下ろしたのとヨーグルトの組み合わせとかどう?」
「あぁ。いいと思うよ」
「タケシ、何でも頼んでね!あたし頑張るから。ね、ポッチャマ!」
「ポッチャ!」
「そうか?それじゃあ、ヒカリ達は先にジョーイさんの所へ行っててくれるか。俺はある程度材料を持っていくからさ」
「うん!」
パタパタと足音が遠ざかって行く。
そうしてほんの少し、この場を包む雰囲気が変わっていく。
「…ピカチュウ、すまない」
「ピカピーカ」
落ち込まないで。
そう言って貰えた気がする。
一度タオルを冷やし直し額に乗せてやる。
そうして乗せた手をずらし汗で張り付いた髪を丁寧に払った。
その一連の動きはとても優しくて、けれどどこか強張っていたかもしれない。
「それじゃあ、後頼んだぞ」
「ピカ」
日が暮れはじめた頃、サトシは目を覚ました。
まだふらつく体ではあったものの、食欲はあったようでお盆に乗せられていた茶碗もデザート皿も中には何も残らなかった。
それをほっとした様子で見守ったヒカリは一度だけ、ごめんねと小さな声で呟いた。
気付いてあげられなかったことが、こんなにも悔しいなんて。
旅に出て大切な仲間ができた。
沢山支えられている、励まされている。
だからこそ、自分も同じように返したい。
(悲しい顔、しちゃダメ)
ヒカリの声を聞き逃さなかったサトシと目が合う。
「…ヒカリ?」
「ううん、何でもない!ねぇタケシ。あたし、食器洗ったら少しだけコンテストの練習しようと思うの」
「え、今からか?」
「だ〜いじょうぶ!本当に少しだけだから」
ねっ!お願い!
両手を合わせ頼み込む姿に仕方ないと笑うとタケシはボールからウソッキーを出した。
「連れて行ってくれ。暗くなってきてるから。一応、な」
(行っておいで)
(…ありがとう)
「あ」
部屋を出る直前、ピタリと足を止め振り返る。
「サトシ、早く良くなってね」
「ヒカリ、笑ってたな」
「心配してるんだ。お前のこと」
「…うん。わかってる」
「ピカピ…」
そう言うとサトシは悲しそうに笑った。この笑い方をタケシはあまり好まない。
熱で目元が潤んでいるのがまた頼りないと思う。
らしくなくて、そんな顔をさせてしまっているのが苦しくてしょうがない。
タケシはサトシが横たわるベッドに静かに腰を下ろした。
「辛い時は、辛いって言ってくれ」
ずっと傍にいて、無茶をするその性格を熟知しているから自分は対応出来ているだけだ。
出会って間もない頃のサトシは良くも悪くも遠慮というものが無かった。お調子者でどちらかと言えば我儘で。こちらが振り回されることも多かった。
だけどどうだろう。
旅をして多くの人達と出会い、様々な経験を積み変わっていった。背丈も少し伸びた。
けれどサトシはサトシだ。変わらない部分もちゃんとある。
そうしてもっともっと、彼の世界は広がっていくのだろう。
その反面、我慢することを覚えてしまった。
自分に向けられる好意には鈍い癖に他者への優しさと思いやりの心が強くなった。
何でもかんでもこちらを頼りにしていたあの頃には戻らない。
「ごめん…大丈夫だと思ったんだ」
「……」
「タケシ?」
首筋にそっと伸ばした手の甲が触れた。
熱い。唾液を飲み込むのも辛そうだ。
「次に…」
「?」
近い未来、それとも遠い未来か。
彼がまた倒れた時、傍には誰がいるだろうか。
どこか危うい、するりと離れてしまいそうなこの手を握ってくれる誰かがいるだろうか。
どうか、どうか、彼が一人でないことを願う。
「……何、考えてるかわかんないけど」
少し掠れ気味の声と共に何時の間にか握り返された手。驚いて目を合わせれば穏やかな笑顔があった。
「此処にいてくれるんだろ?」
「あぁ。いるよ」
想いが膨らんで膨らんで、その先には何が続いているのだろうか。
他の誰かじゃない、俺自身がこの手を引き寄せられる日がくるのだろうか。
辛いなら隠さないで。
困っているなら名前を呼んで。
今はそれだけで十分だから。
(この手に甘えていいですか)