リクエスト作品
□感謝の気持ちを紙に描く
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それはいつもと何ら変わらない日だった。
緑豊かなこの島に上陸した僕達は、暫しの間ここで休憩をとることにした。
最初は僕も皆と同じように寝ていたんだけど、どうやら自分の体は思ったほど休養を必要としていなかったらしい。
すぐに目が覚めてしまった。
だからこうして、暖かな木漏れ日に照らされながらポケモンのスケッチをすることにした。
そう、それはいつものように……。
「…へ?」
「へ?じゃなくて、え!」
そう。それは目の前の少年がとある一言を口にするまでのことだったけど。
『なぁケンジ!オレにも絵の描き方教えてくれよ!!』
いつの間にか目が覚めていたらしいサトシは起き上ることもせずじっと僕……いや、僕の手元を見つめていた。
ずっと見られていてはさすがに気になるもんだ。
だから、なに?なんて声を掛けたんだけど。
――……サトシが、絵を…?
本人には悪いけど、熱でもあるのかと思った。
だって意外すぎたんだ。
サトシはそういうことには全く興味が無さそうに見えたから。
「そんな、まだ僕のは教えるほどのものじゃ…」
「そんなことないって!ケンジすっげー上手いじゃん!!」
「あ、ありがと…」
僕のデッサン力なんて、正直まだまだだと思うんだ。
生き生きとしたポケモン達の動きや特徴、その魅力を全て描き切るのはそう簡単なことじゃない。
それに単純に絵の上手い下手で決まるものでもないのだから。
だけど、今。
こうして”上手い”と言われて。
それも満面の笑みで。
嬉しくないはずがない。
「うーんそうだなぁ〜。まぁコツくらいなら、ね」
「ホント!?サンキュー!!」
鉛筆と一緒にスケッチブックの用紙を捲り手渡す。
「それで?サトシは何を書くんだ?」
「へへ。描きたいやつはもう決まってるんだ!!」
何を?そう尋ねるとサトシはにかりと笑って地面を指差した。
その視線の先には…。
「…なるほどな」
どうしていきなり絵を教えて、なんて言い出したのか。
僕はその理由がわかった気がした。
「じゃあとりあえず最初はアドバイス無しで描いてみなよ」
「わかった!」
真っ白の世界にゆっくりと、ぎこちなく。
所々ぐにゃりと曲がったりしながらも、ソレは形を成していく。
視線を横にずらしてみれば、本当に不慣れなのだろう。
難しい顔をしながら一生懸命に紙と格闘しているサトシ。
その手に握られている鉛筆の芯はいつか折れるかもしれないなぁ。
そんな姿に微笑んでいると、ふわりと風が吹いた。
優しい時間。
木漏れ日に照らされながら、
風に吹かれながら。
こんな些細な時間が、僕は好きだ。
今まで……自分一人で旅を続けていた時とはまた違う感じがする。
そうして思い出すのはこれまでの出会い、経験。
楽しかったこと、
苦しかったこと、
嬉しかったこと、
悲しかったこと。
今ではどれも、大切な思い出だ。
この少年と。
それからその隣で眠っている少女と。
……もしも、出会っていなかったら。
今頃、僕は何をしていたのだろうか。
――ちゃんと見てろ!って言われちゃうかな。
はっとして、再び視線を紙に向ける。
だけど、その考えはどうやら外れたようだ。
「えっ……寝てる」
既に少し前まで寝ていたのに。
ただ単に描くことに飽きたのか、ギブアップしたのか。
それともこの優しい空間に負けたのか。
いずれにせよ、いつの間にやら寝ていたのだ。サトシは。
その膝の上に置かれたままのスケッチブックを手に取る。
確かに、形は歪だ。
そこらじゅう線がカクカクしている。
でも、自分は好きだと思えた。
まさか自分がモデルにされていたなんて気付いていないだろう。
だけど、この絵を見たら大喜びする姿が容易に想像できた。
気持ち良さそうに丸くなって、
今にも可愛い欠伸が聞こえてきそうな、彼の大切なパートナー。
もう一度、僕は隣を見た。
「…よし!」
もう1枚、画用紙を捲った。
いつの間に書いてたんだ!?と驚く彼の声が。
寝てるとこなんて書かないでよね!と顔を赤くしながら怒る彼女の声が、飛びそうだけど。
――ありがとう
普段は口にしない、するのが照れくさいと感じるこの気持ちを精一杯込めて。
(観察させてもらいます)