もう1つの世界

□おかしな時間
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「……」

やる前からきっとこうなるんじゃないかと思ってはいたけれど。
手元の皿に目を落としてサトシは小さく溜息を零した。



はしゃぐヒカリに手を引かれてやってきたのは何度目かのポフィン作り教室。

『いや、オレは別にいいって』

やんわりとではあったけど確かに自分は断ったはずだった、なのに。

タダで教えてもらえるんだから、とか
参加すればきのみが貰えるんだよ、とか
ピカチュウ達だってサトシが作ったポフィン食べたいんだから、とか。

そうして気が付けばあれよあれよという間に連れてこられてしまっていた。

最初は本当に気が乗らなかった。
けれど、『サトシが作ったのをピカチュウ達だって食べたい』というヒカリの言葉にやる気を出しサトシはサトシなりに精一杯頑張ったのだった。


混ぜるのが早すぎたためにこぼしたり。
かと思えば今度は逆に混ぜるのが遅すぎて鍋を焦がしてしまったり。
混ぜ具合が良くなったと喜んだら入れたきのみを間違えていたことに後から気付いたり。

その向かい側ではヒカリとタケシが次々と色とりどりのポフィンを皿に盛っていくのが目に入った。

自分のを見て見れば、中身が生っぽいモノや黒コゲのモノ。
失敗作がそれなりに多かった分、皿に盛られるポフィンの量も次第に山積みになってしまった。


――なんでオレはこんなに下手くそなんだ?


全く上達しない己の腕にはもはや惨めを通り越し呆れを覚えてしまっていた。


「それじゃあ、片付けが終わったら試食タイムにしましょう」


担当の人の指示でそれぞれが使い終わった鍋やおたまを洗い始める。
二つ付いている水道の片方で鍋にこびりついたものをスポンジで懸命に、けれど無言で洗い落としているサトシに最初に声を掛けたのはヒカリだった。


「サトシ、大丈夫大丈夫!ほら、よく言うじゃない『失敗は成功の元』だって!!」

洗い終えた型を拭きながら明るく励ましてくれる彼女。
その気持ちは凄くありがたかった。
けれど……。


「いや、でも……」

ふと顔を上に上げる。
視界に入るのは自分が作ったポフィンの山。


「これはちょっとなぁ……」

「でもサトシにしては結構頑張った方だと思うぞ?」

自分の隣で同じく鍋を洗い始めたタケシが優しく声を掛けた。

「にしては、は余計だ」

「はは、すまんすまん」




――これはピカチュウ達には食べさせられないや

体調を崩してしまうかもしれないし、何しろかなり不味いだろう。

大切な自分の仲間達。
彼等にそんなものを食べさせるわけにはいかなかった。申し訳ないけれど。


――あれは後でオレが食べておこう



「皆さんお疲れさまでした。それではお待ちかね、試食タイムです!!」


「みんな、出てきて!」

「さぁおやつの時間だぞ!」


ポン!という音と共に次々とポケモン達が出てくる。
出来上がるのをボールの中で楽しみにしていたのだろう。皆きらきらと目が輝いていた。

美味しそうにがっつくポッチャマ達。
そんな姿を苦笑を浮かべて見遣るサトシにピカチュウが声を掛ける。

「ピカピ?」

「ピカチュウ、皆うまそうに食べてるよな〜」


ごめんな。


「…ピ?」

「オレさ、また失敗しちゃったんだ。食べたらきっとお腹壊すだろうから今日のはダメ。また今度な」

「……」

「タケシが作ったのでも貰ってこいよ。絶対うまいからさ」

そう言いながらごそごそとまるで隠すように自分が作ったものを隅に遠ざけている様子がしっかりと目に入る。
そんな彼の姿にちょっぴり笑いながらピカチュウはピョンと皿の前へと移動する。


「ピカチュウ?」







………ぱく。




「!?なっ!!」

とりあえず、一番火が通っていそうなものを一つ選んで口に入れた。
サクサクとした食感の中に何だか苦くて硬いものが入っている。

「ピ、ピカチュウ!お前何やってんだよ!!」

止めとけって!
そう引きとめる声を遮るように、勢いよく四つの光がベルトから飛び出した。


「「「!?」」」

出てきた彼等の姿に訳がわからず呆然とするサトシ。
そんな主の姿などお構いなしに次々に山盛りの皿に手が伸びる。


一生懸命砕こうとする姿、
なぜか顔が赤くなっている姿、
咽かけている姿。

だけど、嬉しそうに笑っていた。



「……お前達」

「ピカピ」

小さな手でそっ、と差し出されたでこぼこ姿のかたまり。
それをゆっくりと受け取り、口に運ぶ。



「…ッ…辛っ!!」

大きな声で叫んで、目を合わせて。

気が付けば一緒になって笑っていた。
気が付けば、自分達が一番はしゃいでいた。




「よかったね、ポッチャマ」

「ポ〜チャ!」

そんな光景を優しく見守る二人。

「まったく。一番失敗したヤツが一番笑ってるんだもんな〜」

キュッ、と蛇口を閉める。
その片手に握られたコップの中の水はキラキラと輝いていた。

まるで、今の彼等のように……。





みんないっしょのハッピーティータイム

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