もう1つの世界
□夢の欠片に手を振って*
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誰も、いない。
淡い桃色の絨毯と思わせるほど一面に敷き詰められ咲いている花々。
ふわりと吹きつける風に飛ばされぬよう帽子に手を当てながらサトシは視線を左右に動かす。
肩にいるはずの相棒も、一緒に旅をしている仲間達の姿も誰一人として見当たらない。
今、この見覚えのない空間の中にいるのが自分だけなのだと彼はすぐに理解した。
「……どこなんだよ、ここ」
せっかく綺麗に咲いている花を踏み潰すのは嫌なので下手に歩き回ることが出来ない。
柔らかな日差しに照らされて浮かび上がる己の影を見つめながら、サトシは未だよくわからない自分の現状に戸惑っていた。
そうして立ち尽くしてからどの位経っただろう。
何度も何度も仲間達の名前を叫んだ。声が掠れるほどに。
でも、返事は何一つ返ってこなかった。
仲間を呼ぶ自分の声だけが空しく響く。
空の青さも、目の前に広がる景色の美しさも。
とても綺麗で、暖かいものなのに。
堪らなく、怖いと感じた。
(戻りたい……!!)
自分一人しかいない世界。
笑いあえる仲間がいない世界。
そんな、世界なんて。
(みんな…ッ!!)
戻りたい。会いたい。
「ピカチュウーーー!!」
瞬間。
背後から、まるで唸り声のような音を立てながら突風が襲いかかってきた。
花弁がぶわぁっと勢いよく飛び散る。
「なっ!?」
飛ばされないよう、必死に踏みとどまりながら腕で顔を庇い目を凝らす。
そこに見えるのは小さな人影。
誰かはわからないけど助かったという安堵感と、誰かがわからないから抱く不安が入り混じる。
「……え?」
風が止み、はっきりとその姿を目にした時。
サトシの口から零れたのは小さな呟き。
「ど、どうして」
こちらを向いて笑いかける小さな男の子。
見間違えるはずがない。
『…えへっ』
そこにいたのは幼き日の自分自身だった。