もう1つの世界

□ゆらゆらと揺れるのは*
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「サトシ!!」



思わず立ち止まる。
頭が、足が、前に進むことを拒んでいるようだ。

遠くでヒカリの叫び声が聞こえた。
いや、彼女は自分のすぐ後ろに居るはずだ。

じゃあ、どうしてこんなにも目の前がぼんやりとしか見えないんだろうか。

ヒカリだけじゃない。
地面が、木が、空が。

何もかもがぐるぐるしている。
立っているのが凄くしんどい。


「ピカピ!」


ほら、そうしている間に足元が崩れる感覚がした。
耳に響くピカチュウの悲鳴にも似た鳴き声にオレは思わず苦笑してしまった。


……あぁ、ゴメンな。また心配させて。



「――…」


あぁ、風邪をひいたんだと頭が理解して。
このまま倒れたら痛いだろうな。なんて考えがほんの少しだけ過った後、目の前が真っ暗になった……。












「ヒカリ、すまないな」

「全然!これくらい大丈夫!!」


タケシのリュックを両手で抱え笑顔を返すものの、ヒカリはすぐに不安げな表情を見せた。


「でもどうなの?サトシの具合は」

「体温計が無いから何とも言えないが……微熱とは言いにくいな」

「それじゃあ、早くポケモンセンターに行った方がいいわよね」

「そうだな、もうそんなに距離は無いし。走って行こう」

「ポチャポ〜チャ」

「ピカピ…」


心配そうにサトシを見つめるピカチュウの頭をぽん、と撫でる。
こちらを見上げた瞳は悲しげに笑っていた。

たぶん、俺も同じ顔をしている。




『―サトシ。ひょっとしてお前、具合悪いんじゃないか?』

『―いや、別に?』



……気付いていたはずなのに。
どうして、もっと強く聞かなかったのだろう。

いつもならするおかわりを一度もしなかった。
どこか抑揚のない声。

それでも、大丈夫か?と尋ねればあぁ!と元気な返事と笑顔が返ってきて。
歩くペースもいつもと大して変わらなかったから余計に疑うことをしなかった。

けれど突然、何も言わずに立ち止まったサトシの体が微かに揺れたのを見て、薄れていた予感が確信に変わった。
慌てて駆け寄り地面へと倒れるその体を間一髪受け止めた。

相変わらず華奢なその体の線。
それに触れた己の腕が強張ってしまうのに叱咤し、後ろで呆然と立ちつくしていたヒカリに声を掛けた。


零れるのは荒い息遣い。
ぐったりと自分の胸に凭れかかるサトシの背をそっと、けれど確かに強く抱き締めた。


噛み締めたのは唇と、己の甘さ

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