もう1つの世界
□想われ人
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潮風に揺られる仏桑華の花。
見渡す限りの大海原。
そこに浮かぶは三つの島。
祭壇前。
何をするわけでもなく、ただ、寝ころんで。
群青色の空が、何処か遠くを見ているようなその漆黒の瞳に映る。
どこまでも、いつまでも、穏やかで。
ゆったりと流れるゆく時間。
「なぁ〜に黄昏てるのかな?”優れたる操り人”さん?」
「…別に」
悪戯顔でこちらの顔の覗きこむのは一人の少女。
その姿に、一瞬だけ驚いて。
少年は言葉こそぶっきらぼうではあったが、彼女に優しく微笑んだ。
「もう、随分前になるんだよな…」
「…そうねぇ」
寝転ぶ彼の隣に腰掛けながら、彼女は感慨深そうに頷き返した。
「あれからどう?」
「平和よ、ずっと。今みたいに穏やかで優しくて暖かくて。……あんなことがあったなんて、今でも時々信じられないもの」
「…そっか」
今でもよく覚えてる。
この島が、そして世界が、
消滅しかけたあの日のことを。
自分がたった一人の<選ばれた者>となり、世界を救いに行ったあの日のことを。
けれど、あれは自分一人の力で成し遂げたことじゃない。
皆が支えてくれたから、
待っててくれたから。
だから、自分は頑張れた。
そして。
この世界の平和と、
自分が幻の存在であることを願い想いながら海の底へと還っていった”彼”がいてくれたから…。
「それにしてもさっきはビックリしたもんよ!キミねぇ!来るなら来るって連絡してくれれば島の皆でお出迎えしたのに!!」
「…あ〜。何だか、急に会いたくなってさ。ここに着くまで連絡のことすっかり忘れてたんだ」
「…忘れてたって…貴方ねぇ〜」
少女は思わず溜息を零した。
少年はゴメンゴメンと悪戯に笑いながら上体を起こして海を見つめている。
真っ直ぐなその眼差しに、やがて少女はくすりと笑った。
友とも家族とも想い人ともどこか違う。
けれど、大切な存在を想う彼の瞳はとても優しいものだった。
「あれからもお祭りは毎年やってるわよ。…でも、あれ以来”海の神”は現れないままなのよねぇ」
「…そっか」
「なぁ〜んて!実際にその姿を見たのは私達だけだったもんね!!」
「……」
無反応。
横目でチラリとその表情を盗み見て少女は再び小さく笑った。
黙ったままじっと海を見つめる隣の少年。
凄く難しい顔をしているなぁと思う。
そうして暫くしていると少女はもう一度口を開いた。
「たぶん、会いたい気持ちは向こうも同じだと思う。…そりゃあ、私だって会いたいわよ?」
「……」
「でも、ね。きっと、キミに一番会いたいんじゃないかな……何か、そんな気がする」
「えっ…そうかな?」
でも、そうだといいな。
彼はほんの少し微笑みながらそう呟いた。
――きっと、貴方は特別なのね
ここに来るまでの間、彼が歩んできた旅の話を少女は沢山聞かされていた。
それはもう眩しいくらいの笑顔を見せながら。
たぶん、まだ語り尽くせないくらいにそれはたくさんあって。
そして、彼は今も旅を続けているということも聞いた。
色々な話を聞いて少女は思ったのだ。
彼は”想われ人”だと。
様々な人が、ポケモンが彼に惹かれている。
誰よりも他者のことを想っていて。
何事にも真っ直ぐで、諦めを知らない心を持つそんな貴方だから。
「巫女が祈りを捧げましょうか?」
勢いよく立ち上がった少女の片手に握られているのは、彼女にとって大切な宝物。
その言葉に弾かれるようにこちらを見上げる瞳。
重なる視線。
――ホ〜ント、カッコよくなっちゃって
とても懐かしい再会だった。
……前もって連絡を寄越さなかったところは彼らしいと言えば彼らしいのかもしれないけれど。
だけど、あの時と比べて背恰好が大分変わっていたものの「彼」自身は何一つ変わらない。
変わっていない。
『久しぶり、フルーラ』
純粋で、真っ直ぐな少年のままだった。
そのことが、凄く嬉しかった。
「…それじゃあ、お願いしようかな」
「最初からそう言えばいいのよ!」
やがてこの島に笛の音が響き渡る。
風に乗り花弁が踊るように舞散る。
そして……――
(海が、鳴いた)