もう1つの世界
□あしたを唄おう*
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昼間は透き通るほど真っ青に、
夕暮れ時には紅く、
所々橙色に染まる美しい海。
今はただただ真っ暗で、夜空に浮かぶ月がそんな大海を照らしている。
窓辺から一面見渡すことのできるそれは今は静かに波音をたてるだけだ。
ここムロタウンのポケモンセンター内中央にある治療室。
その中で、1台のストレッチャー上にぐったりと疲れ切った様子のポケモン……キモリが眠っていた。
「ねぇお姉ちゃん。キモリ、本当に大丈夫かなぁ」
「やっぱり、ちょっと心配よね…」
体に異常は無いから大丈夫とジョーイに言われたものの、未だ、ピクリともしない彼の姿に抱く不安は消えない。
まして、ハルカとマサトは旅に出てからまだ日が浅い。
今回のように疲弊しきったポケモンを実際に目にすること事態、2人には初めてのことなのだ。
「大丈夫。一晩休めば明日には元気になってるよ」
そんな姉弟を安心させるように、優しい声でタケシは言った。
確かに、キモリの体には対ワンリキー、マクノシタ・ハリテヤマ戦のダメージが溜まっているものの、命に別状はない。
彼の方は特に大きな問題は無いだろう……。
彼、の方は。
「…サトシ、いつまであそこにいるつもりなのかしら」
治療室の反対側についている1つの窓。
ハルカは外を見やりながらぼそっと呟いた。
彼女の視線の先には、薄暗くてよく見えないが大小2つの影がある。
センター内の時計はもう夜の9時を過ぎている。
寒くないはずがないだろうに、その2つの影は動かない。
正確に言えば、小さな影が時々大きな影を見上げているのだ。
繰り返し、繰り返し。
大きい方の影は、動かない。
『オレ、皆が許してくれるなら……ここに残ってポケモン修行がしたいんだ』
そう言ってリベンジに燃える彼は夕飯もあまり取らずキモリに付きっきりだった、
…と思えば、「オレ、ちょっと外行ってくる」と一言残してそのまま、今の今までずっとあの場にいるのだ。
「サトシったら、ずっとあそこにいたら風邪ひいちゃうよ」
「…うん」
心配顔の弟を見つつも、ハルカは何も言えずにいた。
一緒にいる時間はまだそんなに経っていなくても、サトシが手持ち・野生に関係なくポケモンが大好きだということ。
それゆえに、ポケモンのためなら平気で無茶をすること。
それからこう言ってはアレだが、根っからのバトルバカであることを知った。
彼がどんな人間なのか。
彼女は彼女なりに理解できるようになってきた。
今の彼が何を感じ、何を思っているのか……。
何となくだが、わかる気がした。
だからこそ、どんな言葉をかけてあげればいいのかわからなかった。
頭の中に思い浮かぶ言葉どれをとっても、全て空回りで終わってしまいそうな気がしたから。
ふぅ、と溜息を吐いたハルカは俯いていた顔を上げ……一瞬目を見開いた。
窓にうっすらと映る、情けない自分の顔の隣。
ハルカは思わず視線を窓から隣へ移す。
眉を下げて苦笑気味な、けれど見守っている親のような。
……でも何かが違うような。
言葉ではうまく言い表せない表情。
自分よりも5つ年上の青年のそんな顔は、まるで……。