もう1つの世界

□夢の欠片に手を振って*
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驚愕のあまりぴしり、と動けなくなってしまったサトシ。
そんな様子を理解しているのかいないのか。
幼い彼はその小さな手を真っ直ぐに伸ばした。


『おにいちゃん』

「…?」

『かえろう』


みんなのところに――


にっこりと可愛らしく微笑むその姿はまぎれもなく数年前の自分と瓜二つだけど。
ここがどこなのかも、目の前の少年が本当は誰なのかもわからない。

それに…本当に戻れるのだろうか。
皆の所へ。

ごくりと唾を飲み込む。らしくもない。
緊張…しているのだろうか。


「あのさ、一つだけ…教えてくれるか?」

『なぁに?』

俯く自分。
どこからともなく現れた雲が太陽を包み隠し辺りが少し暗くなる。

可愛らしい桃色の花を見つめながら、
サトシはゆっくりと口を開いた。


「君は…ひとりぼっちなのか?」

『!?』

その問いに少年は目を丸くした。
顔を上げ、それを辛そうな表情で見守る自分。



正直、どうしてこんなことを尋ねたのかよくわからなかった。

ここはどこなのか、
君は誰なのか、
皆はどこにいるのか、

聞くことは色々あったはずなのに。
ただ、どうしても気になってしまった。


暖かい日差しの下、一人で遊んでいた幼い頃の記憶が蘇る。
この子は、この暖かい場所にずっと一人でいるのだろうか…。

あの頃の自分のように。



『だいじょうぶ!』

「…え?」

『”おれ”はひとりじゃないよ』

「……」


『仲間が、いるから』

「仲間……」

にっこりと笑いかけられる。
その一言に心が温かくなる。



『おれ、ずっとひとりだったんだ』

『でもね。もう、さみしくないよ』

『たいせつな人がいっぱいできたから』

『いまはあえなくても、きっとまたあえるから』

『おれ、もうひとりじゃないよ』




そうだ、大丈夫だ。
だってもう寂しくないし辛くない。

オレは、もうひとりぼっちじゃない。



「…そっか」

再び顔を出す太陽。
再び差し出された手。

躊躇うことはなかった。

黙って強く頷き、手を伸ばす。
しっかりと握られた手。
自分のそれよりも遥かに小さくて、それでいてふんわりと暖かい手。

そうして次第に薄れゆく意識の中、サトシは初めて少年に微笑んだ。

頬に一粒の涙を流しながら……――














「…ん」

ゆっくりと目を開ける。
自分で起きるなんてこと、滅多にないのに。
暫くの間、サトシはぼんやりと暗い天井を見つめていた。


「……そっか、オレ」

(帰って来たんだっけ)


つい最近までシンオウ地方を旅していた自分。
こうして自分の家で睡眠をとるなんて何時以来だろう。

目を開ければそこは大空……だったことがもう既に懐かしいなんて思い始めていたりする。


「ピカピ?」

気配で気付いたのだろう。
眠たそうな目のまま問いかけるパートナー。

愛らしいその姿に微笑みながら、そっとベッドから体を起こし窓辺まで移動する。
開け放たれたそこから舞い込んでくるのはほんの少し冷たい風。
それを、胸一杯に吸い込んだ。



『仲間が、いるから』

(そうだ、オレには……)


肩に感じる重み。
顔をそちらに向ければどうしたの?と不思議そうに見つめてくる丸い瞳とぶつかり合った。
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