最もふざけた部屋

□ビールを買いに
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「……あ、いけね」

冷蔵庫を開けると、俺は呟いた。
買い置きしておいたと思ったビールがもうなかったからだ。

時計を見ると23時を回っていた。
我慢しようと思えばできるが、まだ少し飲み足りない。
それに、明日は久しぶりの休日で八戒とゆっくり過ごせる夜なのだから、少し酔っ払いたい気分だ。

「八戒〜、ビール切らしちったからさ、ちょっと買いに行ってくるわ」

リビングで本を読んでいた八戒に声をかけると、彼はぱたりと本を閉じて時計を見上げた。

「こんな時間にですか?って言うか、僕がもう少し買ってきておけばよかったんですよね、すみません」
何も悪くないのに、すまなさそうに見上げる八戒に、俺は笑って答える。
「あぁ、いいのいいの。久しぶりに八戒メシが食えたじゃん?旨いし、つい飲んじまったの俺だし」
「でも…遅いし、寒いですよ?今夜から雪になるみたいですし」
「雪か……。まぁ、ちゃっと行ってちゃっと帰ってくるから。なんか欲しいもんあるか?」
八戒は、えーと、と少し小首を傾げた後すっと立ち上がって、俺に笑顔を向けた。
「僕も一緒に行きます」
「いーよ、寒いし」
「一緒に行きたいんですよ」

なんて可愛いコトを言って、コートとマフラーを取りに行った。


表に出ると、確かに雪が降りそうな冷たい空気。
時間が遅いせいか、あたりがいつもより静かな気がする。

「寒いですねぇ」
吐く息が白い。
言いながら、八戒は空を見上げて微笑んだ。
「寒いのはニガテなんですけどね、雪って好きなんですよ。テンション上がりません?」
「上がりません。道は凍るし、とければびちゃびちゃになるし」
「夢がないですねぇ。積もった真っ白い道に、足跡付けるの楽しいですよ〜」
普段落ち着いていて、笑顔は絶やさないがあまりはしゃぐことはない。
その彼が、珍しく子供のように綺麗な碧の瞳を輝かせている。
その様子が微笑ましくて、つい俺はぷっと吹き出した。
「ありゃ、なんですか」
「いや…、お前でもそんなはしゃぐことあんのなーって思って」
「ありますよー。好きなものとか、好きな…ヒトと一緒にいたりとか…」
照れたように、ふいと俺から視線を外して、少しスピードを上げて前をすたすた歩く。
焦げ茶の髪が、サラサラ揺れる。
いつもは感情を読み取らせない完璧な営業スマイルだったり、喜怒哀楽をあまり顔に出さないクセに、たまにこうして拗ねてみせたり。
こんな風に控え目に甘えられると、くすぐったい気持ちになる。
俺も少し歩幅を大きくして隣に並んで、冷えてしまった八戒の左手を取って、自分のダウンのポケットに二人分の手を突っ込んだ。
「悟浄…っ?」
一瞬きょとん、とした後、こちらを見上げる。
頬がほんのり赤いのは、冷気のせいだけではないだろう。
「手ぇつめてーなぁ」
「悟浄の手は、いつもあったかいですね」
ポケットのあたりを見つめたまま、八戒が目を細める。
「いつでもあっためてやるよ。俺、手足あったけーから」
にひひ、と笑うと、八戒は俺を見上げて嬉しそうにうなづいた。



ビールと、ミックスナッツ、明日の昼飯分の買い物を済ませて店を出ると、空から白いものがちらついていた。
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