ネコ伝

□あなざー・すとーりー
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遅かった

いや、早かった?

どっちでも良い。ただ問題なのは

「傷・・・・つけた?」

彼を傷つけたということだ



先程のライナの顔が浮かぶ

今にも泣き出しそうな顔をしていた

確かライナは、家を燃やされ両親を殺されていた筈だ

幼いときにあった事というのは、心に深い傷を作る

それは、癒えることがない傷

その癒えない傷を負ったライナは人を信用する事が

好きになる事がなくなった

好きになるという事ができなくなった

そんなライナが、少しだけ心を許してくれた

5年の間で、少しだけ信用してくれた。それなのに

一定の距離を保つことができると安心していたライナの心を、踏みにじってしまった

いきなり家の中に土足で上がり込んで中を滅茶苦茶にする

それと同じことをやってしまったのだ



「早かったのかな」

『あぁ、早かった』

シオンは“自分”と話す

自分と“話す”―

『焦りすぎたんだ』

悲しい目をした“己”が姿を現す

責めるわけでも、馬鹿にするわけでもない

悲しく、それでもって冷たい瞳

それを見て、“シオン”は笑った

 ◇  ◆  ◇

彼と話したのは、ついさっきだった

彼の姿を見たのは、ついさっきだった

ちょうど父に・・・王に呼ばれて、王の間にいたときだった

いつも通り、“元”であるシオンが、父と会話をしていた

今日は何故か父が優しくて

たくさん話をしてくれて、話を聞いてくれた

それが嬉しかった

だから、ショックも大きかった

『お前はもういらん』

笑顔のまま、明るい声音で父は言った

『お前には愛想が尽きた。だからもういらん』

父が、最初から自分を見ていなかったのには幼い頃から気付いていた

それでも

いや、だからこそ愛して欲しくて頑張っていたのに・・・

「(無駄だったのかな・・・)」

悲しかった。苦しかった

膝から力が抜けそうで、そのまま座り込んでしまいそうで・・・

そのとき、後ろにぐいっと引っ張られた

身体ではなく、意識が引っ張られたのに気付くのに時間はかからない

「(・・・僕?)」

引っ張っていた者を見て、驚く

でもそんなの、どうでも良い。何も得られないなら

父の愛が得られないなら

なのにそいつは言うのだ

『(無駄じゃないさ)』

俺と替われ

どさりと後ろに倒れた気がした。そこは床ではなく水の上

そこから、自分を―“自分自身”を見ることになるわけで

『面白い事を言いますね。

父上は“俺”を愛してすらいなかったのに?』

愛想が尽きただなんて・・・と、そいつは笑う

『・・・貴様、誰だ?』

一人称が変わったのと、いきなり挑むような口調になったのに

王は警戒し、兵に合図する

兵はいつでも“彼”を刺し殺せるように槍を構えた

それを一瞥して、“彼”は命じた
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