ネコ伝

□ぷりんせす・いん、めいず
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2年くらい前からだっただろうか

他人との接触を拒んでいたシオンが、ライナの前でだけ表に出るようになった

“シオン”はあまり嬉しく思っていない―むしろ嫌そうな口ぶりだったが、

その顔はとても嬉しそうだった

それでなのか解らないが、“シオン”が表に出ることが少なくなった

銀の尾が揺れるのを眼で追いながら、ちょっとだけ「寂しい」なんて思ってしまう

それが表情に出てしまったのか、シオンが暗い顔をした

「僕に会うの・・・嫌だった?」

ライナは慌てて笑顔を作った

「いや!そんなことないって・・・

 ほら、稽古もサボれるし!逆に嬉・・・っ」

そこまで言って、ライナは不思議に思ってしまった

「逆に・・・どうして俺に会いたがるんだ?

 俺は黒猫だぞ?」

忌み嫌われる黒猫だ・・・と

普通の者なら毛を見ただけで、逃げるか殺しにかかってくる

それ以外は・・・おぞましい物でも見たかのような顔をして去って行く

以前この疑問を“シオン”にぶつけてみたら

 『お前は俺のものだろ?嫌なわけないじゃないか』

と、返された。予想外の答えに混乱したのもあるが

聞いていて恥ずかしくなる答えに、思わず逃げてしまった

今目の前にいるシオンはどんな返答をしてくれるのか

まぁ、こうして黒猫と話しているくらいだからマトモな答えは期待しないが

「会いたいからに決まっているじゃないか」

ほらやっぱり

歯の浮くような台詞で返答してくれた

ちょっとだけ嬉しいかな?なんて思ってしまったのだが、頭を振ってそれを追い出す

「それに、いつもライナを見ていたいくらい好きだし」

「・・・ふぇ?」

今、なんて言った?

それを理解するのに少々時間がかかってしまう

そしてそれを理解した途端

「〜っ!」

顔が真っ赤になった

それも、泣きそうな顔で

ライナはそのまま窓から逃走

途中、木の枝に引っかかったようで「痛っ」とか聞こえたが

どうやら止まらないで走って帰ってしまったようだ

「・・・あ」



 ◇  ◆  ◇



どうしてなんでそんなまさかありえない

「(だって・・・)」

自分は黒猫だから

黒猫は忌み嫌われている存在で見つかったら殺される

そんなこと解っている。実際この眼で見たのだから

家が燃やされ、父と母が殺された

“シオン”はそれを解っていながらも自分を欲しいと言ってくれた

だから“シオン”は信用している。“シオン”が優しいのはこの5年間一緒にいて
解った

それでも、黒猫が周りの者と同じだけの幸せを願ってはいけない

これ以上の幸せを願ってはいけない

それは解っている

でもまさか

あまり会うことがなかった“彼”に言われるとは思わなかった

“シオン”よりも直球に、真っ直ぐに言われるとは思っていなかった

しかも

“彼”は「好き」と言った

黒猫に向かって「好き」と言った

それがどういう意味の「好き」かは解らない

でも

「(俺もシオンが好きだから・・・)」

今以上の幸せを願ってしまう

そこで、ピタリと止まった

今、自分は何て?

「嘘だ・・・どうして」

信用はしている。それだけ。それだけの筈なんだ

それだけで止まる筈だった。止める筈だった

いつの間にか辿りついていたエリス家の門の前

そこに座りこんでしまう

「どうかしたのかい?」

「っっ!」

ふいに聞こえた後ろからの声に、息を呑む

気配に気づけなかった。それくらい取り乱していた

振り返ると、そこにいたのはレルクスで

その顔に浮かぶ優しい笑みを見て、泣き出してしまう

「どぉしよう・・・どうしよう!」

自分の気持ちが解らない。何処で止まれば良いのか解らない

「好き」と言ったシオンの気持ちも解らない

自分の立っている場所も

自分達の距離も

何もかも

もう、全てが解らない

「・・・今日は、少し疲れてしまったんだね」

そう言ってレルクスはライナの鳩尾に拳を叩き込む

意識を失って前のめりに倒れそうになるライナを抱き上げた

「シオンは、少し急ぎすぎたのかな」

せめてライナが自分の気持ちをハッキリさせるまで待っていてほしかった、と

王城にいる“彼”へと言葉を投げ、門をくぐった
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