小説。

□2012.冬
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正月はあっという間に過ぎて、気がつけばまた元の毎日だ。
嫌な訳じゃない。
家に居てもぐだぐだしているだけだし、体も鈍っていくばかり。
だから寧ろ仕事をしている方が、何だかんだで充実している感がある。

…それに仕事に来れば、彼にも会えるから。

その彼――伊出さんは今、パソコンと向き合って、膨大な数のデータと格闘しているところだ。
そして僕は、そんな彼を少し離れた所から、これもまた同じように、パソコンと向き合って…いや、振りをして見ている。
見たい、と意識して思わなくても自然と目が行く。
無意識のところでやはり意識しているんだろうと思う。
いつかテレビで見た、動物は欲しいものに目が行く、だったか目で欲しい物を得ようとするだったか忘れたけど、そんなことを言っていて、あぁ成程、なんて思った事があった。

「あれ」
気付いたら彼が視界から消えていた。
不思議に思っていると、突然上から声が降ってきて、心臓が止まりそうなくらい驚いた。
「何をぼーっとしているんだ」
「ぇ、え、ぁ…伊出さん」
「そんなに驚いたか」
目を丸くしている僕を見て、彼が口元を緩ませた。
「疲れているみたいだし、少し休憩しないか」
「あ、はい!」
少し休憩してくる、と相沢さんに言って、部屋を出て行く彼を慌てて追う。
隣に並ぶと、彼が前を見たまま口を開いた。
「…何か悩んでいる事でもあるのか」
いつものぶっきら棒な言い方ではなく、少し柔らかい口調だった。
そんな小さな事にも、胸が締め付けられる。
「ありませんよ〜、ちょっと寝不足なのかもしれません」
ははは、と笑って誤魔化した。
すると彼は、スッと視線を上げて僕を捉えた。
「…無理はするなよ」
すぐに戻された視線。
それでも僕だけは戻せずに彼を見つめる。

じゃあ、好きだって言って良いの?
…悩みの種は伊出さん、貴方だ。

もちろん、声には出さなかった。
心の中で、必死に押し潰した。

こんなに好きなのに、
貴方は気付いてさえくれない。

必死に隠しているくせに、気付いてくれないなんて、矛盾にも程があると気付いて自嘲した。

「あ〜もう伊出さぁん!」
勢いよく彼の肩に凭れかかる。
「ぉっと…、何だ全く」
そう言った彼の口調に、咎めの色は無い。
呆れた様な、だけど優しい口調だった。
彼の方が僅かばかり背が低いので、少しだけ変な体勢になったが、気にせずそのまま歩く。

彼に触れた部分からこの想いが溶けだせば良いと、密かに願いながら。



「…松田、首痛くならないか?」
「良いんです、痛くなっても」

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