小説。

□丸くなる、優しくなる。
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「伊出さん、なんか雰囲気変わった」
「…そうか?」
向かい側に座って俺の顔を見つめていた松田が突然そう言った。
本から目を離し松田に目をやる。

意味も無く見つめられているのが、初めは嫌だった。
しかし今ではすっかり慣れて全く気にならなくなっている。
ただ、外出先でやるのは止めてほしいが。
こういう、職場の休憩室でも。
誰も居ないような時は良いとしても、誰か入ってきたら少なからず不審に思うだろう。
まぁ言っても言っても直らないから仕方ないのだけれど。

「優しくなりました、すごく。最初は無口だし無表情だし笑わないし、怖い感じだったけど、今はよく笑うし…なんか、うん、優しくなりました」
「ふーん…」

そういえば、と思い出す。
相沢も同じような事を言っていた。
丸くなったなぁ、と。
その時は、『歳のせいじゃないか?』なんて返したけれど。

俺の雰囲気を変える要素が何かあったか?
歳以外に、何か。

「伊出さん?」
気付くと松田が隣に移動していた。
俺の腿の上に頭を乗せてくる。
「おい…誰か来たらどうするんだ」
流石にちょっと身じろぐと、ぎゅっと腰にしがみついてきた。
「…全く」
小さく溜息をつくと、松田がへへへと笑う。
「ほら」
「…?」
「許してくれるもん、優しい」
「…」
それはお前のせいだと言いたかったけれど、黙っておいた。
代わりに松田の髪に手を差し入れて軽く梳く。
すると松田はこちらを見上げて。
心底嬉しそうに微笑んだ。
無防備で間抜けな笑顔だったけれど、愛しいと、そう思った。

「あ、笑ってる、伊出さん」
言われて気付いた。
知らない内に微笑んでいた。
松田の笑顔を見て。

…あぁ、分かった。
俺が変わったのは歳のせいじゃない。
松田の存在で、俺は変わったんだ。
確かに昔は無かった、自然と笑ってる事なんて。
人の笑顔を、愛しいと思う事なんて。

「松田、ありがとう」
「え?どうしたんですか?」
「…何でも無い」


END

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