Treasure

□恋のキューピッド
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この時間、いつも先生がここを歩くのを知っ てる。

だから私も、ここを通るの。

「…っ、お、お疲れ様ですっ、原田先生…っ 」

「お、きゃのんか。お疲れさん」

背の高い後姿を見つけて、迷わずに声を掛け ると

先生はそれに答えて優しく微笑んでくれた。

たったそれだけのことで、私の頬は真っ赤に 染まる。

後ろを振り返った先生は、私が追いつくまで そのまま待っててくれていた。

隣に並ぶのが恥ずかしくて、少しだけ斜め後 ろで立ち止まると

原田先生は小さい溜息を吐いて、私の頭にぽ んと手を乗せた。

「部活か?遅くまでご苦労なこった」

「あ、はっ、はい…っ///」

先生の手が触れている頭の先から、一気に熱 が全身を巡る。

きっと私の顔はゆでだこみたいに真っ赤にな っているんだろう。

「せっ、先生もお仕事終わったんですか?」

「ん?…まあ、そんなところだな」

胸ポケットに入れたタバコをとんとんと人差 し指で叩いて、にっと笑うその仕草が

いつもの先生となんだか違う人みたいな感じ がして、ますます私の心臓の鼓動が早くなる 。

けれど、ふわりと香る苦い臭いが、私と先生 の間に壁を作っているようで、少しだけ胸が 狭くなった。

「…?どうした、きゃのん。具合でも悪いの か?」

「いっ、いえ!大丈夫っ、です…!」

「そうか?…お、なんだそれ、可愛いもんつ けてるな」

「え?こ、これですか?」

先生は私のバッグについたキーホルダーを覗 き込むように体を屈ませた。

…先生の顔が、すごく近い。

もう、私の心臓は破裂してしまうんじゃない かってくらいに動いていた。

「これ、うちの学園の制服だろ?もしかして …手作りか?」

「えっ!?あ、ははは、はいっ。私、こうい うの作るのが好きで…っ」

手作りのキューピー人形は、自分の制服と髪 型をフェルトで模って作ったもの。

昨日、バッグにつけておいてよかった。

…こんな近くに、先生がいる。

原田先生はその人形をかざすようにまじまじ と見ると

「へぇ…、たいしたもんだな、きゃのん」

と関心したように笑ってくれた。

「そっ、そんなことないです…」

褒めてもらえたことがうれしくて、でも気の 利いた言葉を返す余裕なんてどこにもない。

そんな私の心の内を知る由もない先生は、未 だにまじまじとキューピー人形を見ていた。

くるくると指先で回したり、突いたり、まる で自分を見られているようで恥ずかしくなる 。

「あ、あの、本当にたいしたものじゃなくて …あまり良く見られちゃうと…」

「いーや、すげぇと思うぜ?売りもんみてえ に綺麗に出来てるよ。 なあ…俺のも作れたりすんのか?」

「…え?」

一瞬、自分の耳を疑った。

…原田先生が、あのキューピー人形を欲しが る?

そんなことあるわけないよね。

なんて思って先生の顔を見上げれば、少しだ け照れくさそうに頭を掻いた。

「…って、図々しいこと聞いて悪かったな。 忘れてくれ、今のは」

「え?あ…っ」

歩き出した原田先生のシャツの袖を、私は思 わずがしっと掴んでいた。

先生は驚いたように振り返って「どうした? きゃのん」と聞いてくる。

掴んだシャツを離せなくて、私はそのまま、 思い切って口を開いた。

「先生のっ、作りますっ。全然難しくなんて ないし…っ!」

「お、おお…、いや、いいんだぜ、無理しな くてよ」

私の勢いに、先生は少しだけたじろぐ。

けど、私はもう決めたから…

「大丈夫です!作りたいんですっ、私が…先 生のを…っ!」

ああ。

もう顔どころじゃない。

絶対耳まで真っ赤になってると思う。

絶対変なヤツだって思われる。

でも、もう決めたんだもの。

だってね、先生。

キューピー人形は……

「…ったく、お前ってやつは……」

「え…?…っ!?」

シャツを掴んだ手に、先生のそれが重なって

瞬間、私の額に落とされた、柔らかくて暖か いその感触−−−…



「〜〜〜っ///!?」

反射的に押さえた額が、燃えるように熱い…

声を出せずにうろたえる私を見て、原田先生 はにやりと笑った。

「…なぁ、きゃのん。どうして俺がいつもこ の時間ここを通るか…知ってるか?」

「え?そ、それは…仕事とか…休憩、と…か …!?」

先生がいつも通る場所。

だから私もいつも通っていて…

でも、それは……

「そっ、その!それって…っ///」

「…お前は感情が素直に顔に出過ぎだな。そ んなんだと…」

「え…?」

ふわりと香るタバコの臭いが、鼻を擽って

先生の声が、耳元でかすかに囁く。

「…隠し事なんざ、できやしねえぞ…?」

「っ!!」

耳元から顔が離れる瞬間、確かに頬に触れた その唇。

「…言ったそばからその顔じゃ…当分先にな りそうだな」

余裕たっぷりの大人の笑みで私を見下ろすそ の顔は

私の知らなかった原田先生だった。

「そっ、それって…どういう意味ですか…っ ?」

「ん〜?どういう意味だろうなぁ?」

そう言ってまた私の頭をぽんと叩くと、「ほ ら、行くぞ」といって私の手を取り歩き出す 。

「っ……///」

混乱した頭を、さらにのぼさせるような熱い 想いが、繋いだ手から全身を巡って

私の口は、声を失ってしまったかのように何 も話せない。

「…っ、キューピー、頑張りますから…!」

「…あぁ、楽しみにしてるぜ?」

そう言って力強く私の手を引いてくれる。

ふわりと香るタバコの匂いは、もう、私と先 生の間に壁なんて作っていなかった。

『原田先生が、好きです』

言える事なんてないと思っていた言葉が、喉 の奥から今に飛び出て来そう。

けど、今はまだ、我慢−−−…

恋を届けるキューピーに、私の想いを乗せて

それはきっと、

あなたの心に、

必ず、届く−−−…

fin.
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