短編小説

□桜酒
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ふわり、と風に乗って

花の香りが鼻を擽った




「お…?」
「如何致しました?」

視線を庭の外にやる六にお茶を出しながら、一京が声をかけた。
あぁ、と六が顎で庭の隅をさして示す。


「気付かなかったな。桜が咲いていたのか」
「あぁ…忘れておりました。先日より何故かあの一本だけ咲いているのですよ」
「狂い咲きのようですね」
「えぇ、一人仲間から離れて寂しいでしょうに」
「春にも咲くといいけどねぇ」


大の大人が集まって何を言っているんだ、と呆れて六は横目で見遣り、茶をすすった。


「それにしても、何故この木だけが花をつけたのでしょうね」
「血でも吸ったんじゃねぇか?一京、死体はもっと違う場所に隠したほうがいい」
「そうですね、あまりにもふざけた事を言うときは貴方が次の桜の下かも知れませんよ?六殿」
「嫌だねぇ、男って奴は。情緒ってもんがないよ、ねぇ文彦」
「紫さん、私も男なんですがね…」


おや、そうだったね、と紫が軽く笑い声をあげた。

同時にくくくっと押し殺した六の笑い声も漏れ聞こえており、文彦は情けない溜め息をついた。


「そうだ、皆さん、折角桜もあることですし花見酒と洒落込むのは如何でしょう」
「花見で一杯…か、いいな。おい紫、ついでに歌えよ」
「嫌だよ。ちゃんとした客なら兎も角、酔っ払いの前で歌うのは好きじゃなくてね」
「お酒…ですか」
「いいじゃないですか少しくらい。一人お茶だなんて野暮な事をしてはいけませんよ」
「…そうですね、少しくらいなら」


一京の言葉にに押され、文彦が弱々しい笑みを見せると、決まりですね、と言って一京が席を外した。
六は酒が呑めると浮かれ、紫に煩いとこずかれた。


庭の片隅にある桜が風に揺れ、再び花びらを散らしていた。






終わり
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