短編小説

□守りたいもの、ひとつ
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『仕事』から帰り、部屋の壁に背を預ける。

ハァ…と深い息を吐き、ズズ…と体をずり落とした。


電気もつけず寒いままの部屋

漸く抜け出した血の香りのする空間

こんな仕事、慣れっこではあるが




『テメェから『大切なもの』がなくなればどうなるんだろうな?』


最後に吐かれた言葉


『…ねぇよ。そんなもの』


そう言って引金を引いた

その瞬間、奴は事切れたが


『大切なもの』━…


その言葉に思い浮かぶのはただ1つ

今まで全てを捨ててきた俺に出来た大切な奴


大切だと思える存在━…


今夜の一言で『もしも…』という思いが強くなった

今まで考えなかったわけではない
でもあいつは巻き込まないように注意を払っていた


でも…『もしも』…?


何かの拍子にあいつとの関係が、俺のように裏で仕事をする奴等にバレたら?


汚れない俺の恋人━…


こいつは俺の世界に染めたくないと、触れるのを躊躇う程に


だけど、血のようにドロドロとした醜い欲望が体の奥で渦巻いておさまらない


いつか、汚してしまいそうで怖いんだ


その温もりに、優しさに、直接触れたくて堪らない


汚れた手で触れてしまえば、同時にあいつも汚してしまうというのに


好きすぎて


触れたくて


独り暗闇に包まれ想う


ただ、あの笑顔を守りたいんだ



━守りたい?


━何から?


こんな奴が傍にいない方があいつは幸せに暮らせるというのに

傍にいれば厄介な事に巻き込み兼ねないというのに

分かっていながら傍にいて

『守りたい』なんて━…


そんなの、ただの自己満足で我が儘じゃないか


自分勝手過ぎる、と自嘲気味に口端を歪めた。


そして、そのまま瞼を閉じる。


更なる暗闇に飲まれ、浮かぶのは光のようなあいつの笑顔━…
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