黒と白の世界
□パラレル小説
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【溶けない心を、】
「うわああああっ」
閉じられた扉の向こうの部屋から、耳をふさぎたくなるような醜い悲鳴があがったのを、クロスはただじっと息をひそめて聞いていた。
続いて部屋からドカン、ドゴンと、何かを叩きつけるような物騒な音が響いたかと思うと、
「たっ助けてくれっ…!」
物凄い勢いで開いたその扉から顔面蒼白な中年ほどの男が転げ出してきた。情けない悲鳴をあげながら、部屋の外に立っているクロスに気付くこともないほど慌てた様子で、一目散に廊下を走り去っていった。
あの様子では、帰ってくることもあるまい。
これまで何度も何度も見てきた光景であるから、別段焦るということもないが、なんと根性のないこと。
ところで、先ほどから不気味なほど静寂に包まれている部屋の中へ視線を戻すと、案の定倒れた机と椅子、散らばった紙の中で肩を上下させている息子の姿がある。
言うまでもない。
また、駄目だったのだ。
「何が気に入らないんだ。そんなに嫌か、奴らが」
問いかけに対する答えはなかった。ただ震えるほど固く握られた拳は彼の心情を切に表しているだろう。
今回で何人目になるか分からないが、あの日からどんな家庭教師を雇ってもこうして暴れ、果てには追い出すことを繰り返している。
近寄るな、まるで信用など出来ない、と言うように。
「部屋ちゃんと片付けておけよ」
ひとつため息を吐き出すと、クロスはその場を離れて廊下を歩き出す。
背後でバタンと扉が無機質な音を立てて閉まった。
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「…つーわけなんだよ。どうにかしろや」
突然家に押し掛けて来たかとおもうとコーヒーを要求し、一口飲んだところで第一声がこれだ。
目の前で足を組み我が物顔でふんぞり返る俺様何様な友人に、同じくコーヒーをすすっていたコムイはただ苦笑して冷や汗をやりすごす他にない。
例え旧来からの友人に凄まれ、それが人一人殺せそうなほどに鋭いものであったとしても無理なものは無理なのである。
「ったく、馬鹿息子が」
「はは、大事な人をなくしてしまったんだ。人間不信になってしまうのも無理ないよ」
苛立たしげな顔をしたクロスを尻目に、むしろあの日からの彼の状況を考えれば回復したほうであるとコムイは思う。
食べることも話すことも、なにもかもを拒絶していたあの頃よりずっと。
「学校に行けるようになったんだろう?リナリーもラビ君も喜んでいたよ」
リナリーとはコムイの溺愛する妹のことで、ラビと呼ばれる少年とともに渦中の人物――クロスの息子、アレンと同級生なのだ。
アレン君が帰って来たのよ、兄さん
そう嬉しそうにかけよってきた彼女のなんと可愛らしいことか。
思わずにやけそうになっていたのを、小馬鹿にしたような鼻音が現実に引き戻してくれた。
「でもあいつが休んでいた分のハンデは出かい。このままだとますます置いてかれるだけだろうが」
そう吐き捨てるように漏らした友人が、やはり息子を心配せずにはいられないのだなと心和やかに思う。
この万年自己中男にだって人情がある、それを少しでも汲み取ってやるのが友人という物だろう。
「実は知り合いに一人頼れそうな子がいるんだよ」
だから自分が出来ることなら協力してあげようと思うのだ。勿論目の前の友人だけでなくアレン自身の為にも。
「気難しい子なんだけど、彼ならもしかしてと思うんだ」
どうする?そうきくとクロスは暫く考えこむように押し黙ったあと、ゆっくりと口の端を吊り上げた。そして、
「ほぅ」
と目を細めてみせた。
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