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□つらいよ
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※RTされたら〜で嫉妬深い静雄×不器用臨也




パァン、と叩きつけるような派手な音が鳴った。暫く水を打ったように静かになった部屋で、先に声を出したのは門田だった。


「おい大丈夫か、臨也!」


立ち尽くす臨也に呼びかけるように、門田が臨也の肩を掴んだ。我に返った臨也は、引き攣った作り笑いを浮かべて、ごめん、と言うと、どこかに消えていった。門田はそんな臨也の頼りない背中を見つめた。
数分も経たないうちに、臨也は柄の短い携帯型のような箒と塵取りを持って、門田の前へ現れた。


「ごめん」


先程と同じ言葉を呟いて、砕け散ったマグカップの欠片を塵取りに乗せて、傍らのビニール袋に詰め込んだ。門田は臨也の横に屈み、砕けた欠片の中で比較的大きい物をを素手で拾い集める。危ないよ、と驚いたように窘める臨也に、門田は困ったような笑みを浮かべて、大丈夫だ、と返した。


「悪いね、家に呼んだのは俺のほうなのに」


臨也は、ビニール袋に包まれたマグカップの欠片をダイニングに置いた。かしゃ、と見た目よりも軽い音を立てる。門田はマグカップの欠片から臨也の顔へ視線を移すと、臨也は自嘲の笑みを浮かべていた。
臨也は昔から器用なほうではなかった。わりと繊細に見える性質、容姿をしていたので意外だと言われることもしばしばだった。今回も運ぶ途中に手を滑らせてしまったらしい。門田はそんな臨也の性質を理解していたが、今回は妙に引っ掛かりがあった。マグカップが砕け散ったときの、呆然とした顔。何かを恐れていたような気がした。考えすぎか、と思いつつ、邪推をせずにはいられなかった。


「あまり気にするな。俺はそろそろ帰るが、大丈夫か?」


家に来ないか、と誘ったときに不意に見せた寂しそうな笑顔。それも門田の気にする一つだった。泣き出しそうに見えたから、放っておくことが出来なくて。


「大丈夫だよ。ありがとう、今日は楽しかった」


いつも通りの笑みを浮かべていた。門田が靴を履こうとして、停止して、数秒。


「…何か、あったのか」


問い質すでもなく、ただただ心配しているのだろうことが伝わる声だった。作り笑いが剥がれていく。その様を門田は悲痛な面差しで見つめていた。門田は玄関の廊下との境目に座り込んだ。臨也は何を言うでもなく門田の隣に座り込み、廊下の隅を見つめていた。


「もうすぐ、シズちゃんが帰ってくるんだ」


淡々とした声で臨也が呟いた。表情が消えたような目は変わらず板張りの廊下の目を数えている。臨也が静雄と暮らしていることは門田も知っているし、そこに偏見を持っているわけでもない。ただ、臨也が時折浮かべる冷めたような表情の原因が静雄なら、自分はどうするべきなのだろう、と押し付けがましいことを考えていた。


「シズちゃんは、割れたカップを見てきっと呆れる。ああ、またか、って」


間隔を空けながら呟くように臨也が話した。それはきっと臨也の本音なのだろう。そう思った門田は、一語一句聞き逃すまい、と臨也の話に耳を傾けていた。


「気を付けても、どんなに気をつけても、ミスばっかりするんだ」


「シズちゃんはそんな俺を見ていつも呆れる」


「シズちゃんは、もう、きっと俺に愛想を尽かしてる」


染み出すように、溶け出すように零れていく臨也の本音を、門田は相槌も交えずに、静かに聴いていた。とさ、と軽いものが自分の肩にかかる感覚を、門田は胸が締め付けられるような痛みでもって思い知らされた。臨也が感じている痛みだと思うと尚更、辛いのだと密かに思った。臨也が門田の肩に乗せた頭を、擦り付ける。顔を押し付けているので表情は見えない。


「ねえ、このままじゃ俺、」


捨てられる、とくぐもった声が言った。肩の辺りの服が緩やかに湿っていくのを何も言えずに、門田はいつの間にか握っていた拳の強さを増した。もう何分もそうして、互いに無言のまま寄り添っていた。変わったことといえば、臨也の薄い手が門田の膝の辺りのズボンを握っていたこと、肩の濡れた感触が染み込まなくなったことくらいだった。普段酷く饒舌な男の、柔らかな、頼りない部分は、門田が思っていたよりも脆かったらしい。くぐもった声が、ドタチン、と言う。門田は何も言わず頷く。掠れて、聞き取りにくい言葉を聞き逃すまいと。


「つらいよ、」


肩の辺りの蠢く感触があった。臨也は確かに喋っていた。門田には、聞こえなかった。何かが爆ぜるような轟音に掻き消されてしまったから。


「ただいま」


寄り添う二人を、見下すように静雄が佇んでいた。門田には静雄の顔が逆光でよく見えなかったけれど、その目の異様な鋭さだけは分かってしまった。門田の膝を掴んでいる、白い手の震えも分かってしまった。静雄は屈んで、引き剥がすように門田の膝の上にあった手を掴んだ。そのまま乱雑に引き上げて、臨也を自らの身体の後ろに隠してしまった。門田はそれに釣られるように立ち上がって静雄の顔を見た。静雄は笑っていた。


「すまねえな、どうせこいつが迷惑かけたんだろ? こいつが引き止めちまったみたいで、悪かったな」


眼光の異様な鋭さは変わらず、口元だけが笑みを浮かべている。そんな事はない、と言おうとした口も、臨也が無言で首を振ることで遮られてしまった。


「…いや、こちらこそ長居してすまなかった」


自分の考えを振り切るように、門田が言った。そのまま立ち去ろうとして、ちらりと臨也の方を見た。臨也の口が、ごめんね、と動いて、瞬間臨也の顔が苦痛に歪む。笑っている静雄が、臨也の腕を握り締めていた。余計な事言うな、と言っている様で、背筋にひやりとしたものが通り抜けた。歯を食いしばって罪悪感に胸を押し潰されながら、門田は玄関を抜けた。途端に閉められたドア。蝶番が若干壊れている。歪に軋んだそれの、行く先は誰も知らない。





end

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