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□これは愛だと僕だけが知ってる
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※アンドロイドデリック×病気日々也
※ほんのり死ネタ風味




俺が主人と出会ったのは何の変哲もない日のことだった。起動されてから暫くの間用がなかった俺の、初仕事が主人の世話だったのだ。煌びやかな屋敷の、これまた煌びやかなドアの奥。幽閉されるようにひっそりと主人は存在していた。天蓋付きの大きなベッドの中を覗く。そこには随分と白い顔をした主人が寝ていた。暫くその顔に視線を落としていると、微かにその瞼が動いたように思えた。アンドロイドの俺並に、もしくはそれ以上に人形めいた顔立ちのようだ。小さく上下する胸からのみ生体反応を感じられる。緩やかに瞼が開いた。金色の瞳が空気中に視線を迷わせた後、静かに俺を見つける。

「こんにちは」

小さいけれど凛とした声だ。声質を顔と共に記憶する。忘れ難い人間とはこういうものだろうか。あまり見つめられると恥ずかしいと主人が言うので少し横に視線を移すと、主人のこれまた白い腕が映った。俺よりも随分細いその腕にはコードが伸びていた。点滴のようだ。それを抜きにしても主人が何らかの病気を抱えていることは見て取れた。痛々しいというわけではなかったけれど、少し可哀想だと思った。おそらくそんなに長くはないだろう。

主人は俺に命令というものをあまりしなかった。横に座ってほしい、話を聞かせてほしい、とかそういう類のものが多い。主人は王族でおそらくは何不自由のない暮らしをしてきたのだろうからあまり物欲がないのだろう。細い体には些か余りすぎているベッドに身を横たえて、時には上体を起こして常に笑顔を浮かべていた。

「アンドロイドにも愛はあるのだろうか」

金色の瞳を細めて主人が尋ねる。俺は人間の何倍も知識は豊富なのでそれの意味は分かった。到底それがアンドロイドには作りえないという事もわかる。

『おそらくないと思うっす』

今時の若者らしい言葉遣いを独学で学んでみたがいつも主人には笑われる。主人はこの時も少し笑顔を浮かべて、首を傾けた。垂れた黒髪がシャンデリアの光を跳ね返す。天使の輪のようだと言うのは不謹慎だろうか。湯浴みの時に幾度かその体を抱え上げたが、まるで羽が生えているのかと思うくらいに軽かった。天使という単語にイコールで主人を登録しようかと少し考えた。

「デリック」

鈴のような声が俺を呼んだ。サイケデリックドリームス02。それが俺の正式名称だが、主人はそれを縮めてデリックと呼ぶ。時計を見ずとも時間は分かる。昼食の時間だ。サービスワゴンの上には装飾の施された皿、またその上に料理が乗っている。皿自体の量は多いが、上に乗っている料理自体はひどく少ない。主人は少食なのだ。白身魚のムニエルを主人のベッドの上にセットされた机の上に置いた。ナイフとフォークは既に置かれている。俺が先程置いたものだ。主人はムニエルを半分ほど食べると、ナプキンで口を拭った。

「ごちそうさま」

まだ料理はたくさん残っている。俺はもう少し食べた方がいいと思ったが、口には出さなかった。意見を出すなどおこがましい、そう記憶している。主人の方を見ると、主人は悲しそうに残された料理を見ていた。俺はその表情がいいものではないと知っていたので、本来なら必要のない食物を口に運ぶのだ。何の味も感じない。当然だ、そんなプログラム自体ないのだから。それを知らない主人は黙々と食事をする俺を見て微笑む。内蔵された機械が少し軋んだような音を立てた。

「デリックは優しいんだな」

やはり鈴の音と錯覚してしまうような声だった。不具合だろうか。

『そんなことないっす』

そう言うと主人は笑みを深めて、「そんなことないわけないさ」と言った。少し難しい言い回しだった。主人がベッドの上から点滴の付いていないほうの腕を伸ばす。そのまま、くしゃ、と銀色をした俺の髪を触った。その手は表面を滑らせるように動いていたので、自分が撫でられている事に気が付く。骨の浮いた細い指が離れた。触れられたそこだけがオーバーヒートを起こしたように熱かった。
少しばかり起動を停止していると、主人が何かを思いついたように言った。

「ねえ、僕の名前を呼んでみてはくれないか?」

おそらく主人は何も意識してはいなかったのだろう。俺は主人の名前を直接呼んでいいようには作られていない。口に出すことは出来るけれど、倫理観の問題だ。人間が、盗みをしてはいけません、という事を無意識のうちに認識しているように俺にとってはそれが当たり前なのだ。何も言えなくなってしまった俺を不思議そうに主人が覗き込む。目が合うと主人は少しだけ笑った。

「どうしたって君には僕の名前が呼べないんだな」

そう言って主人がいつも通り微笑むので、助かったのだと認識した俺はにこりとプログラムに沿って笑い返した。主人は口の端を笑顔の形に結び損ねたようで、少し喉を押さえて俯いた。


主人は寝ていることが多くなった。上体を起こすこともあまりしなくなって、常にベッドに身を横たえている。今までに輪をかけて食事の量が少なくなった。随分と細くなったその腕を俺が掴んだりしたら壊れてしまうと思ったが、主人は掴んでいてほしいと言っていた。微かに寝息を立てていた主人がゆっくりと瞼を開く。どこかで見た光景だな、と思った。

「デリック」

やっぱり鈴だ。それ以外に形容できないな。そういえば瞳の色もどことなく鈴に似ている。

「愛はやっぱりアンドロイドには無いと思うかい?」

いつかされた質問だった。その言葉の意味を飲み込むと同時に少し動作が止まっていたらしい。内蔵されている時間計りはその質問をされてから一分は経っていると教えてくれた。俺は静かに肯く。時間が経ちすぎてその質問の答えととってくれるか心配だった。とってくれなくてもいいと思ったような気がした。しかし主人は了承したように微笑んだ。やはり何かが軋む音がする。

「それでも僕は君が好きだよ」

言われた意味をよく理解できなかった。いつも通りの微笑で、日常を壊す言葉を告げるのだ。おそらく甘美なその言葉に俺は返事が出来なかった。主人は表情を変えずに俺の頭を撫でた。熱い。

「少し外に出ていておくれよ」

俺は黙ってドアを押し開け外に出た。隙間から見える主人の顔はいつもの微笑みのようで、どこか違うように見えた。


主人にもう会えなくなった。屋敷の人に尋ねたら主人はどこか遠くへ行ってしまったと言われた。あの鈴のような声が今も俺のデータに残っているのに。主人のだった部屋には今はもう何も無い。俺も主人も確かにここに存在していた。だというのに俺の記憶の中の景色とは何もかも違う。まだ俺には主人の傍でやるべき事があったんだ。いくつか浮かんだ中には明らかに俺に不要なものが混じっていたけど、それでもやりたいと思ったんだ。例えばその中の一つ、

『ひびや、』

呼んでおけばよかったなって。






『サイケデリックドリームス01、同機種02を発見。回収作業に移りまぁす』

『馬鹿みたい、人間らしい生活なんかしたら壊れるに決まってるのに』

『あれ? これ目から水が出てる』

『…へんなの』







end

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