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――――大丈夫、きっとすぐに目を覚ますよ。


新羅は、かつて自身が言った言葉を思い出した。そういえば久しくそういった類の言葉を口に出していなかった。勿論、諦めているわけではない。それでも、そろそろ暗い考えが浮かび始めていた。
臨也が眠ってから、一日目、二日目、三日目、と数え続けて、気付けばもう三ヶ月を迎えていた。新羅は一週間おきに新宿まで臨也の様子を見に来ていた。本当は新羅のマンションまで運んだほうがいいのだろうが、生憎スペースが無い。それならばせめて入院したほうがいいんじゃないか、と新羅も提案してみたが、臨也に拒まれてしまった。代わりに貰った合鍵で臨也の様子を見て帰る。今日もそうだった。

「…静雄くん」

いつも通り、臨也のマンションの前に静雄が立っていた。目を伏せて新羅がマンションの中に入ると、静雄は黙って着いてきた。会話をすることもない。特に新羅は話す気になどとてもではないが、なれなかった。静雄が居る時に、インターホンは押せない。静雄には眠ったままの臨也のあの身体しか認識できないのだから。新羅は無言でドアノブを回した。

『やあ』

出迎えた臨也の足はまだ床をすり抜けていた。今日こそ何事もなかったように、生身の臨也が出迎えてくれるのではないかと、期待していなかったと言えば嘘になる。新羅は勿論返事をしなかった。臨也も当然のようにそれを受け流す。暗黙の了解のようなものだった。
臨也は一瞬だけ静雄の方を見て、すぐに目を逸らした。最初に静雄を連れてきた時はさすがの臨也も驚いていたけれど、今ではもう何も言わない。それほどまでに当たり前のことになっていた。

「うん、先週と変わらないね」

前より幾分か冷たくなった臨也の肌に触れながらそう言うと、静雄は少しばかり視線を落とした。臨也は三ヶ月前からずっと変わらずに、眠りながら、いつ死ぬとも分からない状況で生き続けている。いつかふっと息が止まってしまうのではないか、と思うと新羅は少しぞっとした。静雄も同じ事を考えているのだろう。そして、臨也も。

「おい、クソノミ蟲」

静雄が、いつも通り眠る臨也を呼んでいる。臨也はそんな静雄をただじっと見ている。まったくの無関係であれば滑稽だと思えるその光景が、新羅にはただただ痛いだけだった。静雄が座り込んで臨也の手を強く握る。

「起きろ」

どちらの臨也もただ黙っているだけだった。

「起きろよ」

それでも静雄は気にせず呼び続ける。

「勝手に死にかけやがって、もう一度起きて、殺させろよ」

「…静雄くん」

「起きろって言ってんだろ!」

感極まったように静雄が叫んだ。もはや新羅の声も聞こえていないようだった。一般人が見たら真っ青になって逃げ出すほどの怒りの表情が、新羅には何故か泣き出しそうに見えた。臨也が静雄に手を伸ばした。静雄の身体をするするすり抜けるそれを、新羅は見ていられなかった。

『…寝ちゃった』

臨也の言葉にようやく新羅が顔を正面に向けると、確かに静雄は寝ていた。疲れていたのだろう。目の下に隈ができている。静雄は、臨也が眠って少し経った頃から酷く憔悴していた。本人に言ってもきっと認めないのだろうけど。
臨也が静雄の隣に座った。新羅は、床を通り抜けている足を見ようとしなかった。

『シズちゃん』

臨也が先程の静雄の呼びかけに応えるように呟く。だけども眠る静雄にその声は届かない。シズちゃん、シズちゃん、とゆっくり何度も呼ぶ臨也に耐えかねて、新羅は臨也の隣に腰掛けた。そのせいか臨也が黙り込んでしまって、部屋に重い沈黙が流れた。

「ねえ臨也」

『何?』

とにかく沈黙を打ち破りたくて、新羅が臨也に声をかけた。正直、話したいことは一つだけだった。

「君はさ、静雄のことが好きなのかい?」

臨也が口元に浮かべていた笑みを消した。それでも、完全な無表情というにはあまりに人間らしすぎる表情だった。数秒も経たずに臨也は再び笑顔を浮かべた。先程とは違う笑みだ。

『いつから気付いてた?』

そう問われたので、新羅は多少驚いた。臨也が素直に認めるとは思えなかったのだ。

「少し前、かな」

嘘だ。本当はもっとずっと前から勘付いていた。それこそ臨也がこうなる以前から。臨也は少し考え込むような表情を見せた後、溜め息をついた。

『そっかー…今まで誰にも知られたことはなかったんだけどな』

そう言うと臨也は再び長い溜め息をついた。

『まさか、どうにもならなくなってからバレるなんてねえ』

新羅はその言葉に眉間の皺を深くした。臨也が諦めようとしているのに気付いてしまったからだ。自分はこんなにも諦めずにがんばっているのに。臨也に諦められてしまったら、自分は、静雄は、一体どうすればいいと言うのか。

「臨也、」

何かを言いかけようとしたところで、う、と呻き声が聞こえた。静雄が起きたのだ。臨也はそれをいいことに立ち上がって新羅から離れた。

「わりい、寝ちまった…」

「いや、気にしなくていいよ。それから、…ちゃんと寝たほうがいい」

新羅からの忠告を、静雄は気のない言葉で返した。そして握ったままだった臨也の手を離した。

「…また来るからな」

静雄のその言葉に臨也からの返事はなかった。静雄は、帰ると決めてからも暫く臨也の顔を見つめていた。

「臨也」

『…シズちゃん』

新羅は何も言えずに目を逸らした。







「おいクソノミ蟲」



『なに』



「起きろよ」



『起きてるよ』



「起きてさっさと俺に殺されろ」



『今の俺を殺すのは君でも無理でしょ』



「おい」



『なに』



「起きろって言ってんだろ」



『起きてるってば』



「なあ」



『だから何なの』



「返事しろよ」



『してるよ』



「臨也」



『シズちゃん』



「…臨也」



『…返事してよ』









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