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□或る男の中毒
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※リクエスト/浮気性臨也に翻弄される可哀想な静雄。
※話の展開上、モブイザを匂わせる場面があるので注意。


「やあ」

へらり、といつにも増して楽しそうな笑みを浮かべて臨也が来た。あまりの臭さに思わず眉間に皺を寄せる。臨也自身の匂いがまるで分からなくなるくらいに、強烈な他人の臭いがした。臨也はいつだって他人の臭いを身体に纏わせている。しかも会うたびに臭いは変わっている。臭いの強さも日によって違うが、臨也は決まって最大限に臭い時にばかり、静雄の所に来る。

「ねえ、何怖い顔してるのさ?」

口の端を吊り上げる臨也のこの笑顔が、静雄にはどうしても綺麗だと思えなかった。目の奥は冷えていて、まるで笑みを浮かべていない。悪意の透けるこの笑みを、どうして他の人間は綺麗だと言えるんだろう。普段の殺意ばかりを籠めた笑顔とは違う完全に冷めたような笑顔だった。

「うるせえな、何で来たんだよ」

「やだなあ分かってるくせに」


そう言うと臨也は娼婦のように静雄の腕に絡みついた。実際臨也は娼婦の真似事をしている。見下ろした先にある臨也の首筋には、真っ赤な痕がついている。静雄はそれをどうしようもなく気持ち悪く感じた。おそらく他の場所にも同じような痕がたくさんついているのだろう。そう考えるだけで静雄は臨也の首を絞めてしまいたくなる衝動に駆られた。

「抱いてよ」

正直、気乗りはしなかった。他人の臭いばかり纏わせるこの男に触れることすらしたくない。それでも、静雄の思いとは裏腹に身体ばかりが先走り、静雄は荒々しく臨也を布団へと放り投げた。静雄はどうしたって目の前で笑うこの人間を捕まえたかった。それこそ、何年も前から、そう思っていた。



折原臨也は誰とでもセックスをする。



当時高校生だった静雄の同級生たちの間ですら流れていた噂は、もはや当然のものになりつつあった。静雄がその噂を耳にしたのは高校に入ってから一年ほど経った頃だ。その頃にはもう臨也との殺し合いもただの日常の一部だった。たったの一年で、きっともう何万回も嫌いだと言ったし、言われた。だからまるきり知らない仲というわけではないけれど、静雄は臨也の事を殆ど理解できていなかった。人間を好きだというのも、化け物をきらいだというのも、何一つ理解できない。頭のおかしい奴だと思っていた。だからこそ静雄は、臨也が何をしていてもおかしくないと思った。

要するに静雄は信じた。
折原臨也は誰とでもセックスをする。老若男女も問わない。誰かの愛人でもある。
数えればきりのないその噂を、静雄は全て信じて疑わなかった。

ただ信じるだけならまだ良かったのだと思う。大嫌いな人間の胸糞悪くなるような噂を耳にして、静雄が感じたのは酷い苛立ちだった。静雄は確かにその人間が大嫌いだった。多分気持ちの悪い話を聞いたから苛々しているんだろう。一度はそう思ってそのまま考えることを止めた。

だけど、そんな時に限って目の前に現れるから。

臨也は何度も静雄の前に現れる。静雄がいくら殴っても蹴っても骨を折っても、臨也はいつだって静雄の前に立った。そして普段通り笑ってみせるのだ。他の人間に見せるような貼り付けた笑顔とは違うものに見えていた。でも、もしそれが違うなら。その時臨也はらしくもなく、逃げ場のない場所に向かって走ってしまった。入ってから、しまった、という顔をした臨也を見て静雄はその部屋の鍵を閉めた。

押し殺したような声を憶えている。

やり方が分からなくて碌に慣らしもせずに、臨也の後孔に押し入った。うつ伏せにしていたから臨也の表情は殆ど見えない。ただ、出し入れする度に臨也から出る甘いような匂いが、誰かを誘っているのかと思うとまた苛々した。臨也の身体のことなんか気にするわけもない。血が出ても、痣ができても行為を止めなかった。途中で臨也が泣いていることに気がついたときはさすがに少し躊躇ったけれど、止めなかった。だってどうせ他の奴もしてる。どうせまた臨也は自分の前に現れる。静雄は晴れない気分のまま、臨也の腸内に精液を出した。最後まで出し切ってもまだ止めない。気がついた頃には、もう臨也に意識はなかった。



後悔をしているわけでは、ないのだと思う。



抱いてと強請る臨也の薄い裸体を布団に押し付ける。指で割り開いた後孔は予想通り解れていて柔らかかった。いきなり精液が零れてくるよりは随分ましだが、静雄は非常に苛立った。この苛々は直らない、もう何年も前から。乱暴に中を擦ると、臨也はわざとらしく甘い喘ぎ声をあげた。昔とは違って抑えることもない。

「はぁっ…んんっ、も、いれてっ…!」

心底気持ちよさそうに蕩けた目を無視するように、静雄は一気に臨也の体内に埋めていた指を引き抜いた。その刺激に耐えかねたように臨也の身体が跳ねる。ひくひくと開閉して粘膜を覗かせる口に性器で触れてみた。触れただけでもう中に取り込もうと蠢いている。臨也の太ももに手形ができるくらい指を食い込ませて、静雄は一気に腰を推し進めた。

「はぁっあ、かは……っ!! っ…!」

声も出せないくらいに感じているらしい。脳天を布団に擦りつけるくらいまで仰け反って、臨也ははしたなく喘いだ。赤い舌を見せる口から涎が零れている。何故かそれは汚く感じなかったので、静雄はしゃぶるように舐め取った。そのままキスをすると腸内がきついくらいに静雄を締め付ける。

「いざ、や」

名前を呼ばれるのも好きらしい。蕩けた目が静雄を甘く映す。その目を見つめても、静雄には臨也の考えていることが何一つ分からなかった。静雄が臨也の首筋に顔を埋める。あの甘い匂いを邪魔するように、他の人間達の臭いが静雄の鼻の中に流れ込んだ。吐き気がして、それを振り切るように性器を擦った。ぐち、と厭らしい水音を臨也に聴かせるように腰をふる。

「んひぃっ…! あぅ、ああっ!」

目を見開いて甲高い嬌声を漏らす。情けない弱点ばかりのこの姿を、他の誰かにも見せているのか。静雄は臨也の身体にある痕の内の一つに強く爪を立てた。静雄の性器を受け入れる腸内がきつく締まる。臨也の性器は先走りを漏らして脈を打っている。あの時は確か、最後まで萎えたままだった。衝動的に臨也の性器を掴むと、臨也の身体が痙攣するように跳ねた。

「ああっ! あ、もう、っふぅぅ…!」

先程から臨也の腸内が静雄の精を搾り取るように蠢いている。臨也の身体がぶるぶる震えだした。もう出したいのだろうか。いっそ塞き止めてしまおうかとも思ったが、それで機嫌を損ねられてしまっても困る。静雄は臨也の先端の鈴口を抉る様に撫でた。

「っあ、ひぃ、――――っ!」

「、っう…!」

臨也が達したときの予想以上の締め付けで、静雄は臨也の腸内にありったけの精液を流し込んだ。今日はゴムも着けていない。でも、どうせ、この男は孕まない。静雄の性器の端から漏れ出す精液に顔を顰める。静雄が性器を抜くともっと多くの精液が零れた。臨也の目は虚ろで、若干身体を痙攣させている。その様子はどう考えても正常ではなかったが、静雄はもう慣れてしまった。セックス中毒なのだ、この男は。

「用が済んだら、さっさと……帰れよ」

一見酷く思える言葉だ。静雄だって酷いと思っている。それでも言わなければならなかった。

「……へえ、恋人にたいして、そういうこと言うの…?」

静雄の眉間に寄る皺が増えた。臨也が言うには、静雄が臨也を強姦したあの日から、恋人ということになっているらしい。静雄はその設定にこそ一番苛立った。
恋人らしいことの一つもさせないくせに。静雄のところになど滅多に来ないくせに。
他の男と、セックスするくせに。

「何を考えてるの?」

先程までセックスをしていたとは思えないくらいに無邪気な、冷めた笑顔で臨也が問いかける。静雄はその顔にもまた苛立った。目の前にある赤い痕の散らばった細い首を締め上げてやろうとして、止めた。

「…くせえ、くせえんだよ。今度はお前、」

何処の誰に抱かれてきたんだ、とは聞けなかった。恋人なら聞く権利はあるだろう。それでも異様なまでに聞くのが怖かった。
言いよどんだ静雄を見て、臨也がついに堪えきれなくなったとでもいうように笑った。

「ふふ、あははははは! まさか誰に抱かれたんだ、なんて聞かないよねえ? そんな台詞君が言っていいはずないもんね。だって、昔から君が持つ俺のイメージはこうだったんだろ? あの時は、誰に抱かれてるかなんて聞かなかったもんね。聞かずにただレイプしたもんね!」

臨也は心底楽しそうに笑いながらそう言った。静雄はその言葉をただ黙って聞くほかない。自分が臨也を壊してしまった。それでも謝ったことはなかった。後悔はしていないと思う。そのはずだった。
臨也はひとしきり笑ったあと、急に笑い声を止めて、無表情になった。無言で尻と太ももをティッシュで拭い服を着る。静雄はその間少しも動けなかった。

「帰るね」

いつもよりも数段冷たい声だった。静雄は背中を向けて、拒絶の空気を纏わせる臨也に向けて手を伸ばした。何も掴めずすかっ、と空気を切る。ばたんと閉められたドアを見つめて静雄は張り詰めた息を漏れ出す感情と共に吐き出した。

「どうして、こうなったんだ?」

問いかけた言葉は返ってこない。
こんなの恋人なんかじゃない。ただのセックスフレンドと大差ないだろう。身体だけが欲しかったんじゃない、と言っても、きっとあの男は嘘だと信じて疑わない。静雄があの噂を疑いもしなかったように。この関係のままいたいわけじゃない。これから改善の余地はあるのだろうか。まだやり直せるのだろうか。そう思っても、静雄は何もできなかった。


あの時初めてだったんだろう。


酷いことをして悪かった。


もう他の男に抱かれないでほしい。


あの時はごめん。


好きなんだ。




静雄は、言いたいことの一つも、未だ言えずにいる。





end

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