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□エピローグ
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『この花お前の匂いと似てるから、やるよ』

『全然意味分からないんだけど。道端で摘んだような花渡されてもねえ…大体この花真っ白じゃないか』

『それがなんだよ』

『…いや、俺に似合わなくない?』

『………似合ってる』

『お世辞はいらないんだけど』

『似合ってるって言ってんだろ。素直に貰っておけ』

付き合い始めてから一番最初の、臨也の誕生日のときだった。最後まで悩んだらしく、結局渡されたのがみすぼらしい一輪の花。それまで興味の無かったその花を、ぶつぶつ文句を言いながら受け取ったことを思い出した。それから臨也の誕生日には毎年白い花が贈られた。臨也は毎回静雄の誕生日に、ブランド物の時計だのジッポだのを贈っているのにだ。
それでも臨也は文句を言いこそすれ、受け取らなかったことはなかった。黒ばかりの家具に不似合いな白い花。いつの間にかそれを気に入っていたらしい。

それは臨也の大切な思い出だった。

静雄の記憶が無くなっていると気づいたとき、臨也は何ともいえない気持ちになった。自分は今、悲しいのか、悔しいのか、苦しいのか。問いかける相手もいなくなっていたので、臨也は答えを出そうとしなかった。無くなったら無くなったでそれまでか。そんな気持ちで自分を忘れていく静雄を見ていた。
自分の手元から静雄が無くなっていく様を、ずっと見ていた。昔手に入れたと思っていたそれを。

手紙を書いたときは別段何も感じていなかった。正直、このまま其処に居続けるのは無理に思えたので、本当に旅に出てやろうと思っていた。新しい人間との出会いを想像しても心は微塵も動かない。それでも笑顔を浮かべながら手紙を書いた。書き終わったとき、ああこれで本当に終わりか、と思ったら一粒だけ涙が零れた。でもそれだけだった。
何度も訪れた家の前に手紙を埋めた花束を置くとき、静雄の顔が脳裏に過ぎった。鮮明な記憶だった。これもいつかは色褪せるのだろうか、と思ったことを憶えている。

最初は、嘘なんじゃないかと、夢なんじゃないかと、思っていた。
そんな非日常が訪れるわけないと思っていた。油断していた。

それが嘘でも夢でもないとようやく理解したときになって再び静雄は、臨也の前に現れた。白い花をばらばらと零しながら駆けてくる。臨也はその手から逃げ切ることが出来なかった。静雄は、狂ったように何度も臨也を呼ぶ。今度はこれが嘘か夢なんじゃないかと思った。こっそり頬を自分の抓ってみた。痛い。それでも夢や嘘と何ら変わりはない。

また明日になったらぱっと忘れてしまうかもしれない。

今度はもう二度と思いだされないかもしれない。

もしかしたら静雄自身、忘れたかったのかもしれない。

考え出したら際限が無い。そのくらいに悪い未来は存在している。誕生日の奇跡と言ってしまうとあまりに安すぎた。御伽噺やドラマのようなハッピーエンドは、そうそうこの世の中に存在しない。それを十分すぎるくらい理解しているからこそ、臨也はこの感動的な話を純粋に喜ぶことが出来なかった。
それでも、思い出してくれたことは、正直言葉に出来ないくらいに嬉しかった。

「好きだ」

明日にはもう無いかもしれないその言葉を、臨也はしっかりと噛み締めた。







end

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