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□PM10:30
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意外にも臨也は抵抗をしなかった。挿入を果たしたばかりの静雄の性器が限界まで引き伸ばされた後孔を抉っても、臨也は掠れた声を漏らすだけで殆ど身体を動かさない。いざとなったら腕を縛り付けてやろうかとすら思っていただけに拍子抜けした。力の抜けたような臨也の両腕は自身の目元をを覆っている。その腕の下に隠された目を見たいと思った。

「は、ぁ」

臨也の性器は萎えていなかった。天敵に尻を穿たれて、この男は悦んでいる。その事実は多少愉快ではあったが、変態だと嘲笑う気にはなれなかった。その男の痴態で勃起している自分も大概だという自覚があったというのもあるが、それ以上に静雄の心に靄をかける事があった。

臨也は、おそらく男と寝るのが初めてではない。

挿入する前から疑惑を抱いてはいたのだが、その疑惑が確信へと変わったのは、臨也の中へと入り込んだときだった。ローションも何も使っていない。男と寝た経験の無かった静雄にだって分かる。こんなに小さな場所にすんなり侵入できる筈がない。静雄は、性急に事を進めたのにも関わらず痛がる様子を見せなかった臨也に、腹が立っていた。理由は分からない。

「ふ、くっ…ぁ」

腰を揺らすだけで臨也の小さな喘ぎ声が漏れる。その声を、聴きたくない、聴きたい。相反する感情が鬩ぎあって、静雄は臨也の薄い唇を塞ごうか塞ぐまいかと手をさ迷わせていた。静雄は少し迷ってから、手を下げた。完全に相手の意思を封じ込めるような強姦紛いの行為がしたいわけではない。既にそれに近いようなことをしているとは分かっていたが、静雄は完全なる強姦ではないと思っていた。そう思えるだけの理由だってある。
臨也は、一度たりとも否定の言葉を口に出していない。

「…う、」

静雄は微かな呻き声を漏らした。静雄はあまり比較できるほど数をこなしている訳ではないが、臨也の中は恐ろしく気持ちがいい。油断をすると少しばかり達してしまいそうになる。
静雄は臨也の首筋に舌を這わせた。冷たい、が、先程よりは随分熱くなったと言える。ほんの少しだけしょっぱいような気がした。静雄は、臨也が僅かに汗を掻いているのだと理解した。静雄はそれ以上に汗を掻いていたが、臨也の汗はひどく貴重なもののように思える。静雄は犬のように、何度もその首筋を舐め上げた。その度に後孔が静雄の性器を締め付ける。

「く…はっあ、っあ…!」

臨也の息が上がっている。疲れすら感じさせる吐息と声を、哀れとは思っても、行為を中断してやろうという気は微塵も起こらなかった。シャツが捲れ上がって露になった臨也の背が、所々ささくれ立った畳に擦れるのも構わずに、静雄は腰を振っていた。おそらくその白かった背中はもう赤くなっている事だろう。当然、痛みだって感じているはずだ。
それでも、臨也は抵抗もせずに、静雄の為すがままにされている。
静雄は、臨也の恋人を男だと断定していた。初めてではなかったということもあるけれど、実際に男の自分が抱いたからかもしれない。この自尊心の高い人間は、恋人に対しても主導権を握っているのだろう。臨也が誰かに尽くすということは考えにくい。

――――俺は、お前の言うとおりになんか動かない。

静雄はかつて臨也が言っていたことを思い出した。思い通りにならない。その通りだ。臨也の思い通りの男になどなる気はない。
それとも、臨也の言う好きな人とやらも臨也の思い通りにはならないのか。
大抵の人間を弄ぶ臨也という男が、唯一と認める存在。その人間は池袋に臨也がいた、自分の知る頃から臨也の心の中に居たのか。それとも、ずっと会っていなかった頃に知った存在だったのか。

「っ、うっ…はぁっあっあ、っ」

臨也の身体を壊さんとする勢いで腰を打ちつけた。もし、もしも本当に記憶が無くなっているというのなら、いっそ臨也に関する記憶全てを無くしてしまいたかった。中途半端に知ってしまったから、こんなにも、苦しい。
臨也の腰を掴んで、力の限り性器を臨也の腸内に擦り付ける。おそらく臨也の腰には痣が出来ているだろう。静雄は臨也が抵抗しないのをいいことに、身体中に吸い付いて痕をつけた。

「っ、う」

静雄は快感の滲む呻き声を漏らして、臨也の腸内に射精した。性器を引き抜くと臨也の身体が震える。静雄は盛大に撒かれたそれが臨也の中に直接浸透していくような光景を想像してみた。
臨也は後孔だけでは達せずに、未だ過ぎた快楽に苦しそうに喘いでいる。静雄はその様を数十秒眺めたあと、臨也の性器を擦りあげてやった。

「あっ、はあぁっ…」

息の抜けるような声を出しながら、臨也は自らの腹の上に精を吐き出した。痙攣のように、微かに身を跳ねさせている。
静雄は射精後特有の冷静さで、物思いに耽っていた。そういえば、臨也は結局一度も目元を覆ったままだった。静雄は何を思うでもなく目元を覆う臨也の腕を持ち上げてみた。思ったとおり力が抜け切っている。静雄はその顔を覗き込んでみた。

「あ」

静雄が間抜けな声を零した。見てはいけないものを見てしまったような、何か疚しい事をしてしまったような、そんな何とも言いがたい感情に襲われる。
臨也は泣いていた。いつからなのかは知らないが、そういえば頬にも涙の筋が幾つもある。そんなことにも気づかないくらい行為に没頭していたのか。抵抗しなかったくせに、泣くなんて卑怯だ。そうだ、臨也は抵抗しなかった。それなら臨也にも責はあるだろう。

「浮気しちまったな、」

臨也に聞こえているかどうかは知らない。ただ単に呟いてみただけだ。

「…そうだね…」

唐突に返ってきた答えに驚く。静雄は思わずその顔を覗き込んだ。その目から新たな涙が零れ落ちることはなかった。臨也は這いずるようにして座り込んだ静雄の膝元に寄ってきた。静雄はその身体を自らの膝に乗せて、抱きしめてみた。臨也は抵抗をしない。
静雄は、臨也に聞きたいことがあった。お前は好きでもない男と寝るのか、と。少なくとも静雄が知る頃の臨也は、そういう事をしそうに思われても、実際は絶対にしない人間だった。今でも変わりないのなら、臨也は。

「すきだ、」

それは静雄の口から出た言葉だった。臨也には聴こえているだろう。首筋に顔を埋めて、その耳元で囁いたからだ。聴こえていない可能性が潰れるのは辛いが、この体制には利点がある。

「…シズちゃん」

顔を見られなくて、済むことだ。
それでももう引き返すことはできないだろう。今更それに対して後悔している静雄の耳に、何か小さな声が聞こえた気がした。それは本当に小さかったけれど、静雄には分かってしまった。臨也は、おそらく泣いている。

「あっ」

その身体を離して顔を見る。やはり臨也の目から再び涙が零れている。しっかりと見る臨也の泣き顔はこれが初めてだ。涙が零れている以外には、別段悲しそうな顔というわけでもなく、非常に冷静な表情だった。それでも臨也は顔を見られることを拒むように、静雄の胸板に顔を寄せた。

「どうせ明日には忘れるくせに、ずるいね」

普段通りの声だった。涙に震えることもない、いつもの臨也の声だったのだ。静雄は今言うべき言葉は分かっていた。

「忘れねえ」

そう言うと、臨也は胸板から顔を離して、とても綺麗な笑顔を見せた。多分、静雄の言葉を信じてはいないだろう。それでも純粋に喜んでいるように見えた。静雄もその言葉を言ったときの感情に偽りはない。

それでも、もし明日全て忘れてしまっていたらと思うと、恐怖を感じるほかなかった。




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