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□混ざり合わない色たちに
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元々自分と臨也は一つのものだったのではないか、と静雄は思う。同じものというわけではない。あの外道で悪巧みばかりする最低な人間と自分が同じだなんて考えるだけでも吐き気がする。自分と臨也に共通点など何一つ無い。だからこそ、静雄の疑いを尚更深めたのである。ありきたりで陳腐な言い回しだが、臨也は自分にとって足りないピースなのではないかということだ。また、自分自身も臨也の足りないピースであるとも思っている。冗談などではない。静雄は本気でそう思っていたのだ。

臨也は基本一つの場所に長く留まる性質ではない。ふらり、と姿を眩ましてはいつの間にか何も無かったかのように傍にいる。静雄は臨也の恋人だったが、一度として行く先を告げられたことは愚か、どこかに行くということすら伝えられたことがなかった。静雄だって一々どこかに行くたびに臨也に知らせたりなどしない。きっと臨也は静雄の行き先を知ろうと思えば勝手に調べるのだろう。
恋人だといってもそれらしい事をした覚えは特にない。時折思い出したように身体を繋げる位だったが、臨也も静雄も不満を溢すことなどなかった。むしろ恋人、という肩書きを持て余してすらいた。
好きだ、とかそういう言葉があったわけではなかった。ただ気が付いたら傍にいて、気が付いたら関係を持っていた。

「俺たちって付き合ってるのかなあ」

気紛れのように呟かれた言葉に半ば反射で、おう、と答えたのが恋人になった瞬間だったのだろうか。少なくともその頃には現実の恋愛はドラマのように甘くなどないと悟りきっていた。当たり前の話だが。放浪癖とでも言うべきか、その頃にはもう臨也はふらふらと消えるようになっていた。元からあったその癖が酷くなったのは、臨也が池袋から新宿に拠点を移した頃だったと思う。物理的に距離が離れて臨也の行動を把握できなくなったからかもしれない。

静雄は臨也に愛していると告げたことがない。そのような言葉を臨也から求められたこともなかった。臨也が独り言のように「好きだよ」と呟くこともあったが、特に反応はしなかった。答え方が分からなかったのである。

それでも静雄は臨也を愛していた。それと同時に、恥ずかしくもあった。外道で悪巧みばかりするどうしようもなく最低な人間を、どうして自分は愛してしまったのだろう。一度、顔だけが好きなのではないかと思ったことがあった。そしてその考えは自分で早々に打ち消してしまった。臨也の顔がどれだけ綺麗だろうと、醜かろうと、中身が変わらないなら全部同じである。どんなに綺麗な顔をしていても外道な部分は許せないし、それでも好きだという思いが消えるとも思えない。例えば今から臨也が整形しようと答えは変わらないと断言できる。整形などしないでほしい、とは思うのだが。

「好きになる事が恥ずかしいなんておかしいよ。やっぱり君は俺なんか好きじゃないんだろ?」

臨也に包み隠さずお前を好きなことが恥ずかしいと告げた時に返ってきた言葉である。今思えば静雄が初めて臨也に対して好きだという言葉を使えた瞬間だったのかもしれない。臨也は微塵も気付かずに少し不貞腐れたような顔をしていた。

「恥知らずよりかよっぽどマシだろうが」

ぶっきらぼうに言ったその言葉は静雄からしてみれば最大級の愛の言葉だったのである。その時は臨也もお得意の頭の回転も上手くいかなかったのか、わけわからない、と考えることを諦めたようだった。静雄はそれに少しだけ安心していた。意味が伝わってしまったらこれほど恥ずかしいことはない。

一度だけ、臨也が静雄に対して消えるという事を事前に知らせたことがあった。直接面と向かって言われたわけではなくて、静雄のアパートの郵便受けに至ってシンプルな便箋が入っていただけだった。静雄はその時仕事を終えて帰ってきたところだった。郵便物は常に仕事帰りに確認するようにしている。見ない日もあったが、あんまり誰かから物が送られてくるような性質でもなかったので支障はなかった。
それには切手も何も貼られていない。直接入れられたのだろう。


『平和島静雄様
 
 拝啓 知らぬ間に吐く息もすっかり白くなってきましたが、そちらはいかがお過ごしでしょうか。
  唐突ですがこの度、引越しをする事になりました。
  貴方の知らない遠い場所なので、もう貴方の前には顔を出さないと思います。
  これを聞いた貴方に嬉しく思っていただければ幸いです。
  おそらくもう二度と会うこともないでしょうが、お元気で。
                                          敬具
  ××××年××月××日
                           
      
                                         折原臨也』


静雄は臨也が妙に丁寧なこの手紙をどのような気持ちで書いたのか、半年ほど経っても分からなかった。臨也に問い詰めることもしなかった。静雄が手紙を読んで数十分後、静雄の知る臨也の事務所はもぬけの空になっていた。その時手の中に握り締めた手紙を見たが、日付が三日ほど前であることに気が付いた。もしかしたら引き止めてほしかったのだろうか、と静雄は思った。
当人たちからすれば事件のようなこの出来事は、二人の仲を変えるには充分な出来事だったのである。後に静雄は臨也を見つけた。臨也が消えたと静雄が認識してから一週間ほどしか経っていなかった。

「なんで」

それが一週間ぶりに会った恋人に対する臨也の最初の一言だった。手紙に記してあった「もう二度と会うこともない」というのは確かに臨也が思っていたことのようだと静雄は臨也の表情から察した。
なんで会いに来たの。
なんでここにいるって分かったの。
臨也のなんで、という言葉の続きは発されなかったので分からなかった。どちらにしろ静雄には答えが分からなかった。気が付いたらここにいた。そこには臨也がいた。それだけのことだ。静雄はそれを、引き寄せられたようだ、と感じた。それから静雄は一つの疑いを持ったのである。

自分と臨也は一つのものだったのではないか。前世とかいうオカルトじみた事を考えていたわけではないけれど、静雄は直感でそう思ったのだ。双子とか、家族の繋がりとか、そういうものともまた違う。出会ったのは高校進学時と少し遅めだったが、出会うべくして出会ったのではないかと思った。臨也と出会わなければきっと今よりは大分穏やかな人生を過ごせた筈だ。しかし臨也と出会わなかった場合の自分を、静雄はまったくもって想像できないのである。
静雄は家族や仕事仲間、友達は臨也よりもずっと大事なものであると断言できた。それなのに臨也だけがどうしても手放せないのである。例えば幽やトムなどが静雄に愛想を尽かして去ったとして、悲しくは思っても追うことはしない。むしろ大事ではないから臨也だけは自分のエゴで縛り付けられるのではないかと思った。なんにせよ静雄の腕は臨也ばかり捕まえようとしていた。

「馬鹿じゃないの」

臨也は静雄の考えをあっさり切り捨てた。ベッドの上に転がり静雄を見つめている。静雄は臨也の何を考えているのかよく分からないその目が嫌いだった。その目の奥できっと悪巧みでもしているんだろう。そう思ったから不快感を覚えたのだろうと考えている。
静雄と臨也は、臨也を見つけたあの時から同じ場所に住んでいる。昔からすれば考えられなかったことだ。軟禁されてるみたいだ、と臨也は言う。静雄は臨也が外出することをあまり快く思わなかった。

「お前が裏でこそこそやったりしねえように見張ってるんだろうが」

それが静雄の答えだった。臨也はこの数ヶ月間何か悪事をはたらいてはいなかった。自分のおかげだ、と静雄は思っている。猫のように気紛れなこの男が、自分の目の届かない場所で何かをするのが非常に気に入らないのである。いっそずっと近くで見張っていようかと思った。

「やだな、何もしないよ」

そう言って笑う臨也はのそりと起き上がって静雄の肩に凭れかかった。軽い。臨也はもともと細身で体重が軽かったが、そのせいだけではない筈だ。おそらく無意識なのだろう。この男は酷く臆病だ。離れられたときバランスを崩すことが怖いのだろう。臨也は決して他人に全体重を預けない。静雄に対してもそうだ。静雄はなんだかたまらなくなって、臨也を強く抱き締めた。痛い、と喚く声を無視する。
一つのものになってしまいたいと思った。静雄と臨也はどうしたって他人で、完全に理解し合える日は来ないのである。そもそも理解しようとすらしていないので、今きっと静雄が臨也について知っている事は全体の十パーセントにも満たないと思う。臨也がどうかは知らない。気が付いたら静雄の好物を作って待っていたことはあったが。

「一つにはなれねえのかな」

弱音のように吐き出された。どんなに強く抱き締めても、口づけをしても物足りないという気持ちは消えない。どうしたって一生満たすことは出来ないのだ。少しばかり項垂れた静雄の頭上から小さい笑い声が聞こえた。

「やっぱり馬鹿だねシズちゃん、別々だからこそ楽しいんじゃないか。俺は一つになって何も分からなくなるより、こうやって抱き締めてもらえることの方が嬉しいよ」

なんとなく臨也の顔が見たくなって、覗き込んだ。臨也は笑っていて、その笑顔がどうにも静雄を不安にさせた。この男を捕まえなければいけない。再び抱き締めた身体は思ったよりも人間らしい暖かさだった。不意に目の奥が熱くなった。愛しいと、これほどまでに強く感じたのは人生初めてだった。このとき静雄は自分が折原臨也というただ一人の人間を、どうしようもなく欲していたのだ知った。






end

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